●来て!観て!聴いて!● 〜ライブ情報&報告2004〜
●ライブ情報もう2005●
●最終更新日 2004年12月2日








もう、11月27、28日のライブで、気がつけば歌いおさめてしまっていました。まぁ、よかろう。
今年はこれでおしまい。

今年は、2ndアルバムの完成記念ライブから始まり、自分としては一生懸命いろんな方面に努力を続けた一年だったと思う。歌う場としては詩吟の先生に呼んでもらったり、DREAM BOATにも出してもらうようになったり。最後の歌いおさめでは東京での場所も渋谷アピアだけでなく来年につながる場所が増えたし。歌との関係でいけば間接的だけれど、かじり始めた銅版画と三味線も、かなり歌のためになっている。

その分、自分のポリシーとか、ヒトの演奏との接し方とか、いろいろ考えることが増えたかな。自分というものを持っていないといけないけれど、持ちすぎて凝り固まってもいけないところだろうとは思う。しかし腹が立つことが増えてきているというのは、凝り固まり始めたのか?プライドが高くなってしまったのか?しかし、自信はもってないと客の視線に負けてしまうんだ。ふんぞり返ってるわけではないから、しかたないことか。

とにかく、お客さんが多かろうと少なかろうと軽くあしらわれて行くと言ってたものをすっぽかされようと、一回一回真摯に臨んだことだけは間違いない。

普通のライブハウスじゃないところでやらせてもらえたのも、東京での場を増やしてもらえたのも、おまけにほんの昨日、以前聴いてくださった方が、演奏が印象に残ってたのでうちの店で弾かないか、とお誘いのメールをくださったのも、ほんとに思いがけぬご縁であり、まぁ地道にコツコツやってたおかげでもあろうと思う。ほんとにありがたいことです。

本番が無い時期がしばらく続くから、ひさしぶりにマニキュアでもしよーっと☆






2005年2月19日(土)

TERRAPLANE
 (テラプレーン・渋谷)にて。

 19:00 OPEN
 19:30 START


 ¥1,000だよ〜








★詳細決定★ 東京で、ヤッチャイます・・・ ”武士は食はねど高楊枝 2005”

さて。東京といえばいつも渋谷アピアの30分しかできてなかった欲求不満が解消できる兆し・・・
ソロ決定です。しかも、ありがたいことにすごくしっかりキャリアなミュージシャンの前座つき(汗)。
どっちがメインなんだか・・・・・(汗汗)

19:30からしばらく弾き語りやってくださるのは、11月28日に結成10執念おっと10周年でライブ
なさるBIG BOSS & THE BOXERS のボーカルB.B.YUJIRO氏です。タバコ系です。ミュージシャン
なんだが、ここんとこ坪内佐智世のほとんどプロデューサー(兼マネージャー)のように動いて
くださっております。このライブのブッキングもお願いして実現。この後打ち上げもやりますけど、
ちゃんとお客様を次につなぐようにご挨拶して回って、遠くからの方々の電車の時間もあるうちに
余裕をもって帰すのよ、って、もうプロデューサーどころか、置屋の女将のように行き届いたご指示も
いただいていて、最近は「おかみ」と呼んでいます。

ていうわけで、ソロだからってダラダラせずにちゃんと帰すから、遠くからの人たちも電車に乗って
来ておくんなまし(←置屋の娼妓ふう)。正味90分はできる見込みです。

11月28日のライブに緊急出演させてもらうことになったのは、B.B.さんが渋谷アピアに聴きにきてくれて、
後日B.B.さんライブを拝聴した後の渋谷TERRAPLANEでの打ち上げにて歌わせてもらったりして
(歌いながら揺れていたのであの新潟系地震の揺れがわからなかったあたくし。)そのご縁により、
こんなことに・・・・(!?)。

2005年1月22日(土)
於)Deja-vu 福岡市博多区店屋町5−3  TEL: 092−271−4567
    前売り ¥1,500  当日 ¥1,800





  ●ライブ報告2004●
2004年11月28日(日)

16:00 OPEN
16:30 START


BIG BOSS & THE BOXERS結成十周年記念LIVE『流れ流れて』
in道玄坂ブルース・フェスティバル・スペシャル Vol.18
 於) 渋谷7th FLOOR (ON AIR WESTの7階) 

出演: HEADROCK MANX MIDNIGHT GYPSIES The Nakees daddyblues'band
      TERRAPLANE BLUES BAND  BIG BOSS & THE BOXERS
●持ち歌は2曲 ♪夜桜お七/廊下  を歌い、その後、メインのB.B.さんの演奏に入れていただきました。
入れていただいたのは、次の6曲。楽しかった。

♪シタゴコロ/丘の上/夜明け前/伊勢佐木町ブルース〜円山町ブルース〜気まぐれなお前
     ザマァねえな/GOT MY MOJO WORKING


●ピアノうまいね〜、こんどうちのバンドで弾いてくれない?と、これまで何度嬉しいお誘いを受け、立ち消えになってきたことか。
今の私はまず何よりもアタシの歌の弾き語りをする坪内佐智世として見てもらってないといけないけれど、でも、もともとプロの演奏家を
めざしてエレクトーンを何よりも優先していた血はまだ残っていて、鍵盤楽器担当者として重宝がられることもとても誇らしい。
(あ、あまりにも無謀に失礼にただの伴奏屋としてオノレの実態あかす段取りもなくいきなり弾けと言ってこられた分は断ります。)

大学に勤めてると言えばへ〜〜すごーいと言われ、歌を歌ってるといってもふーんピアノ上手ですね〜好きなんですね〜で片付け
られるのが常だけれど、あたしは大学教授を目指して勉強してたつもりはなく、言葉に興味があったから言語学を続けて今に至ってる
だけだし、本当はエレクトーンのプレーヤーになりたかっただけで、だから実は、言われるたびに毎回思っている。ピアノ上手ですね
なんて言葉は邪魔なだけなんだ。そりゃーこの指には膨大な月謝かかってますから、ってだけのことで。
上手ですねで済むようなところにはいなかったはずなんだあたしはほんとは。もう動かなくなってるけどね。高いんですあたしの指は。
ついでに、ベースを弾くための、骨折した左足も。

サラリーマン家庭でもないうちは貧乏なのに、医者にするのの次に金かかると言われてるらしい音楽の世界なんかに片足つっこんで
しまって、月謝出してもらうだけでも申し訳ないと感じ続けたおかげでこんな貧相な貧乏性になった。エレクトーンだけでは指の力がつかない
からとピアノもやらないといけなくなってピアノまで無理して買ってもらって、ピアノが来たときは嬉しくて嬉しくてしかたなかったけれど
よく考えたらエレクトーンとピアノがひしめくように並んだ部屋からは父の趣味の熱帯魚の水槽は全部なくなっていた。必ず演奏で稼いで
熱帯魚を買って返そうとがんばってはいたけれど、一度買い換えてもらったエレクトーンもすぐに鍵盤や音色が足りなくなって私の実力では
プロの足がかりの試験がどうしても突破できなかった。ステージの上では自信があるのだけれど、ヤマハの試験で指定されている機種の
楽器で十分に練習できていないという意識が邪魔をして試験会場ではどうしても縮こまってしまう。もう月謝出してもらうのも他のことも
いろいろと何もかも限界が来て、大学受験をいい口実にレッスンを休んで、もうそれっきりにした。

レッスンに通い続けた先生からは、レッスンを休んでまで有名大学のナマエだけ追っても・・・というような言い方をされた。
親は、大学にいけるだけの成績があるのだから大学に行くほうがいいと信じて疑わなかった。
私はほんとうは、ただずっと弾いていたかっただけだったんだ。



●ゲホゲホ、ウガイと鼻洗浄で始まった朝。午前10時福岡発11時30分羽田着。
「皆様のご協力のおかげをもちまして、予定より早く出発、到着することができました。」と機内アナウンス。ちょっと笑う。
言われたとおりの行動がそんな協力になっていたとは。

●一応、迷わず到着。(しかし、帰りには駅の方向わからず、B.B.さんの奥さんに途中まで、その後はPAのヒトについて帰った。)
ソロの分はともかく、B.B.さんたちとあわせるのに、リハの段階で既にピアノの生オトは消されてほとんど聞こえず。ったく。なんてとこだぃ。

ずっとPAのヒトに聞こえんバ〜イとゆってたら、ステージへの返りが無いだけで、客席には聞こえてるという。むしろ聞こえてない
本人がもがいてより強く叩くぐらいのほうが抜けがいいという。シンドイでしょうけどそれでがんばって、っていうのでそれなら
いいやと思っていたが、結局本番は聞こえてなかったと何人からも言われた。ち。

●そう。ちゃんと聞いてくれてた(というか、聞こえんかったけど、聞こうとしてくれてた)ささらほうさらのグミちゃん。来てくれて。
ほんっとにありがたい。事前に来てくれるっていう連絡もらってたのが行き違いになって、ほんとに申し訳なかったですー。
でもありがたかった。うれちー。ありがとう!あの7階の広い窓から、大きな十六夜の月が見えてたそうで。
グミちゃんたちがオドってた中に出てきた夏の空に浮かぶ月とどんなふうに違って見えたのだろう???


●爪も史上最大の負傷。右手なんて主要3本やられた。既にリハでやばかったので貼っといたバンドエードが、激しく叩きすぎて
はがれ始め、演奏終わった頃には鍵盤の上に糊っけがベタベタベタ・・・・

しかもやけに細かい指示や修正が出ていたので私だけわかってなくてはずすと大変な迷惑をかけるんぢゃろうなーとひやひや
言いつけどおりに準備してってたが、結局、ありがちに本番はめちゃくちゃ。聞いてないとこでリハの段階から振られるかと思えば
おい、アンコール用の曲だったんならゆっとけよ、とかおもってるうちに本番では聞こえようもないわ24小節ソロっていわれた出る幕は
無いわ、あんだけその場しのぎならもうすこし準備の時間減らして健康的生活を維持しとけばよかった。
まぁこれも人生経験だと思っとこう。

●ネーキーズさんはいいなぁ。楽曲も演奏も雰囲気も逆弾きも。

●坪内佐智世の出番はそのもうちょっと後に2曲。そして2月19日ライブの宣伝をさせていただいた。有難し。

オッサンとガイジンにもてる坪内はここでも健在であった。もう、勘弁してほしい。ライブの験をかつごうと、運勢系の文章をチラッと
みといたら、けっこういろんなのに、すごくよい☆と書いてある時期だったんだ。しかもモテモテつき☆とまで!・・・・運勢悪い、とか
失敗するかも、とか書いてあったとしたらフンこげなもん信じるかいっと思おうと決めて目を通したわりには、ほ・ほ〜う☆信じとこう、という
気分に。しかしそのモテモテって結局、あのオッサンとあのへんなガイジンかよ。ち。
なんであたしの人生はこうも非生産的なのだ。

しかし、あのオッサンは私の歌を浅川マキみたいだと言い(前にも他のひとに言われたことある。聴いたことないのでわからんのだけど)、
へんなガイジンは私のピアノをガーシュインみたいだと言っていなくなった。まぁ、よかろう。

酔っ払いのオッサンじじい曰く、「おまえさん(←江戸に時々いるねぇこういうひと。)、あんな暗い歌、キュウシュウでも歌ってんの?」
まぁ、「♪廊下」をただ「暗い」で片付ける発想も単純でナニヨリだが、九州ってところをヒトくくりにした上に、ただ南国の明るくバカ騒ぎする
ところだとぐらいにしか思ってないというオノレの国のことさえ何も知ろうとしない貧弱な発想も、まぁどうぞその狭い渋谷の窪みの中に
沈んで一生を終えてくださいと言いたくなる悲しさに満ちている。


●グミちゃんがゆっていた。メインのB.B.さん以外には、シブシブの円山町ブルース・daddyblues'bandさんと、B.B.客演フルートの
オカマママともちゃんが気になった、と。

私、ともちゃんさんは始めピシッと黒のスーツ&お帽子でおそらく敢えてオネェ言葉は使わずに接してくれたので、ずーっと、
あの真っ赤なごっついバニーちゃんになるまで、やけに丁寧な言葉遣いをする男性だなぁ、とぐらいに思ってしまってました。
営業かなんかのお仕事だとああいうしゃべりかたになるのかなぁ、とか。にぶいです。
まあでも確かに、男のヒトにしてはやたらと”お衣装”てものにこだわるタイプのヒトだな〜、とは感じたけど。

ていうか、あたし、ともちゃんの背丈と顔つきに、ものっすごく私の膝のクギ取り出した主治医を彷彿とさせるものがあって、内心ひそかに
ウケていたのでした。もう、わたしの頭の中ではかんぜんにオカザキケンが真っ赤なごっついバニーちゃんになってた。ギン髪カツラで。
真っ赤な口紅にホクロつけて。


●ホテルに帰って3時間ほど睡眠。
翌29日(月)早朝6時30分羽田発8時20分福岡着。まったくのロスタイム無しで8時46分博多発の快速小倉ゆきで大学へ。
余裕で2時限目の授業に間に合った。
さすがに眠くだるく、舌がまめらぬ。まぁ、とりあえず3時限目もこなし、夕方の5時限目の授業に向かう途中、廊下で同僚とすれ違った時、
むこうは気づかず通り過ぎようとして慌てて「はっ、違う人かと思った!気づかなかった!いつものあなたのオーラが無いわよ!
どうしたの!」と・・・言われてしまった。限界超えて歩いていたようだ。

当然、夜は爆睡。


●さて、とりあえず坪内佐智世の評判はよかったらしい。2月につなげたいもんだ。



 2004年11月27日(土)


於)Deja-vu 福岡市博多区店屋町5−3  TEL: 092−271−4567
    前売り ¥1,500  当日 ¥1,800
 (吉永邦幸トリオさんとご一緒いたしました。)

 ♪夜桜お七/冬の窓/11月の光/廊下/祝いめでた

●敏恵ちゃんいつもいつもあでぃがとう!
まぁ、今回聞いた話のキーワードは、「アッペ探検隊」。

●風邪をひいてしもうた。思えば、本番があるというだけで気が張った状態がつづくもので、今までほとんどこんなこと無かったなぁ。
一度たしか仕事の無理がたたって喉を喉やられて声がなくなり完全にアウトな時に照和を休んだことはあったけど、それ以降は初めて
のような気がする。いかん。気は張っていたが気を張りすぎて、ライブの準備も大学の仕事も論文もと、全部に190%そそぎすぎたかな。
おもわずヒーターの前で事切れてたあとの夜明けの寒さに気づいたときにはもう手遅れであった。

いろいろ臭い液体を飲みまくってみた。高麗人参エキスの風邪に効くっていう栄養剤と、飲む葛根湯。ほほ。オヤジな感じもした。

鼻声がなんかASKAみたいぢゃ〜ん☆っとか半分嬉しい気分でリハやっていたら「いつもよりなんとなく良い声。」とか言われてさらに
いい気になって始めたものの、やっぱし2曲目以降、歌えば歌うほどかなりの鼻声に・・・・鼻すすっちゃいかん!!・・・・とか
思いながら終わったかんじ。

まぁ、しゃ〜ない。それなりには崩れずにちゃんとやれました。

気がつけば、翌日の28日(日)の特別バージョンを除いて、博多での歌いおさめとなってしまってました。
まぁ、よい。またがんばろうではないか。

来年は、もすこし違う曲構成ができるように、と考えていたら、しゃべる時間を減らすしかないのであった。
博多でもソロをなんとかして考えたいものだ。


   2004年10月13日(水)

於)DREAM BOAT (福岡市中央区赤坂1−11−17 赤坂ウィングアネックス4F)
  (TEL:092−713−4233)
 ♪ 夜桜お七/雨の夜のリズム/11月の光/廊下/祝いめでた

●加賀山さんとお友達さん、敏恵ちゃんも来てくれていつもいつもありがとう。
ヒゲ生えそうなイライラピークかつ時間の余裕ミジンも無く本番に至ったこの日、前回8月のDREAM BOATより更に
緊張する間もなく気が付いたらピアノの前だった、という感じ。

あたし仕事でイライラしてヒゲ生えそう、てゆったら、敏恵はあたしはそういう時はトゲが出てくる、といい、加賀山さんは
「あたし、呼び出した。」 ・・・・・・こわーーーっっ!いい味でした加賀山さん。

「11月の光」はあんな感じでよかった。なんで前からああいう感じでできなかったのかわからんけど、できてよかった。
曲が浮かんだときの自分の中のイメージっていうのは、ものすごく呪縛のように強いのだとよくわかる。
「廊下」は、イライラつのっていたときだけあって、いちばん感情を直でぶつけてしまった感じで、練習してるときにはよく
あるけれど、本番でああなったのは初めてで、初めてのひとは気づかないにしても、何度か聴いた人だったら、あら?って
感じたかもしれず、それをよいと感じる人もいるだろうし、聴く側にはいらんものだと感じる人もいただろう。まあよい。

そういう感じで、今回も無事終了しましたです。おす。


2004年9月18日(土)
於)Deja-vu 092−271−4567
 林吾郎+高租公三 さんと。

夜桜お七/星が光る場所/雨の夜のリズム/廊下/祝いめでた


●坂野さん、鷲尾さん、堀脇さん・・・来てくれてしまいました。福岡教育大学ご一行様。なんのかんのといいつつ、
やはりよい市場だなどと言ってよいのか。でもそうだ。ありがとう★ビバ国際共生だ。1曲目終わって、すご〜い☆とか
言われている。学生にほめられて喜ぶ先生。ま〜いいか。

ほんと毎回感じるけど、私のお客さんってほんとに、お行儀がよい。もっと自由にしといていいのに、と思うほどに、おとなしい。
騒がしい人たちに負けている。で、あ・なーんだ、賑やかにしててよかったんですか、とかいう感じ。どうぞご自由に。
次が怖いかも。

私の知り合いばかりではなく、その人たちが連れてきてくれた私は初めての人たちもいらしたりするのに、それでもやっぱり
私と”同類”というか、ああ、他の人たちの客とは人種が違う感じで、お行儀がいいなぁと思う。そういうのが、おもしろい。


●あたしはこの日、めちゃくちゃLAWであった。すべてが。気持ちも、体調も。しかしこういうときに限って、声がスコンと
出ていたりするのだなぁ。力みが無い、ってことがものすごく大切なことなんだとわかる。おそろしいほどに。。。

ひっさびさに♪雨の夜のリズム(包丁ソング)をやってみたくなった。やっぱしこれは、私の中では秋の長雨の歌なのだろう。
歌詞に出てくる「月下美人」自体は夏の花だけど。

「月下美人」を調べていたら、「月下老人」「月下氷人」という言葉もあると知る。ほぅ。おもしれぇ。幻想的な感じがいい響きだ。
漢字の視覚的にも。男女の仲をとりもつ人のことだそうな。

月の夜に逢った老人が将来の妻を予言した、っていう故事があるらしい。「氷人」のほうは、氷の上に立って氷の下の人と話した
という夢から氷が解ける頃の媒酌を予言したっていう故事だそうで。広辞苑より。

おーい私の前にも現れておくれ月夜の老人よ。

●この日は特に、まぁLAWの要因の一つでもあったんだけど、はぁ〜〜どっか誠意のある商売をする三味線屋をなんとか
見つけたいもんだなぁ、と思っていたところで、そしたら♪祝いめでた を褒めてくださったあるお客さんが、三味線弾きつつ
歌う博多の古謡を習ってる、とかいう人で、こっちが訊く前からどんどん博多の三味線屋さんの場所まで教えてくれるし、歌も
今度いつか聴いてみたいなぁって気になったし、ほんと、欲しいものが寄ってくる空気を、すごくリアルに感じた。よっしゃっ!!
ありがたやっ!感謝!



2004年8月26日(

於)渋谷アピア 03−3464−9590 http://homepage1.nifty.com/apia/

1年ぶりの渋谷。アピアは桜丘町ってとこにあるのだけど、その桜丘町にあったヤマハレコーディングスタジオに
我が心の師匠・CHAGE&ASKAいえいえ、25周年を迎えたこの8月はあえてチャゲ&飛鳥と呼びませう、チャゲと
飛鳥は通ってたそうな。公園通り(ってっても今ひとつ急にはピンとこぬが。)の東武ホテルに泊まって。
個人的には非常に感慨深い。ししょう・・・・・と、かみしめる。
(ちなみに、首が回るマジックなどでおなじみの?!ナポレオンズも今年25周年だそうな。)


 ♪大橋/窓際で/星が光る場所/廊下/羽根

どんっなに詰めてやっても、ほんのご挨拶+4曲目終わった時点でかっきり30分経っている(汗)・・・
すみません、時間ちょっと多くとらせていただいて。


●始まるまで、アピア(と
仲悪いらしい)の上のBLUE HEATで、YUJIRO氏が呼んでくれたので飲んでた。
ていうかおごってもらった。
ごちになりやした。おす。

そのYUJIRO氏がつれてきてくれた”天才音楽家”オサム氏も聴いてくれた。なんだか近藤房之介(こっちの介
だよねぇ確か。)とか出てきてたなー話に。なんだったっけか?知ってますがなー房之介やろー聴きに行った
こともあるっちゅねんIMSのGAYAに。しぶしぶですがなー踊るポンポコリンですがなー。あのヒト文才もあるんだよね。
そしてけっこうカワイイ字を書くヒトぢゃなかったかな。かわいいイラストとか。あのシブシブに似合わぬ感じの。

その、バンドの人?やったか?お店のひと?なんのお店?
しらんけど、とにかく聴いてくださってたようだ。YUJIROさんもありがとう。

YUJIRO氏は、去年は他のお友達も来てたのに俺ばっかししゃべって悪かったけん、と、ライブ終わったら今年は
ほとんど無言で帰ってしまった。あとで感想はメールで来ましたがな。徹底している。わはは。
最後の新曲、褒めてもらってありがたかったわ。
全体的に音が小さかったって言ってたな。そうだったかもしれんと思うた。


●そして幹子氏、ヤスダ嬢、川鍋嬢!! いつもありがとう!
 私の出番は3番目だったので、最後の4番目のヒトのを聴いてるうち、3人が次々に隣の飲み食いスペースへ。
終わって私もそっちに出て行くと、3人は
坪内プロモーション計画を立ててくれていた。もっと時間をたっぷりとれる
ところで。そしてアタシ的には、もすこし弾きやすいピアノがあるところで☆

帰ってからも幹子クンより
”興奮さめやらぬ”と他のライブハウスの情報が色々送られてきた。ありがたや☆
ナベ嬢からは3rdアルバムを待っておってくれるとのお声も☆
帰り、渋谷から新宿までヤスダ嬢と一緒に電車で移動したけど、電車の中でしゃべってたの、いつもああやってるみたい
だった、とあとで言ってくれていて、あぁ私もそういう感覚だったのだけど、自分が言葉にせずほんわりとそう感じて
いたことをはっきり言葉で言ってもらえた感覚が不思議で確かな感じだった。
結局、恋人になるような、どこか感覚が通じるヒトとかともそういう意識って感じると思うんだな。
いつか歌の中でよみがえりそうな感覚。あ、いや、やすだりえとつぼうちさちよの恋愛ぢゃぁ、ないさ。

●他の出演者たちは若いコたちだったし、歌の性質が違いすぎる!と特にヤスダ嬢の
怒りが新鮮だった。
怒ってよかったのよねぇ私も、という感覚。”慣らされる”前にはやはり怒っていた幹子クンとも後日話したことだけれど、
世の中、何が良しとされ何が価値の無いものとされるのか、その基準のばらつきったら無い。

そしていつの間にか、
「あたしのようではないもの」が世の中に受け入れられやすいものとして、在る。 と、最早、
潜在的にそう見ている。いろんなものを。なので大して共感できない歌を歌っているヒトとそれに拍手を送るヒトを見ても
これが世の常だと黙って道を空ける感覚が、もうはがせないぐらい確実なものとしてある。

それは照和でやってた時なんか如実にあったし。それは別に、歌の世界の問題だけではなく、そもそも生活の中の
そういう葛藤があったからこそ、きしんできしんで搾り出された雫のように歌ができてきたようなもんだから、確実に、在る。

京都のあるライブハウスに音源を送ったとき、出してもらえるかどうか後日問い合わせたら、問い合わせてくるのが遅い
とかなんとかいう難癖をしつこくつけたあとで、「ジャンルわけできないから、応援してあげようがない。ホテルの
ラウンジかなんかでやってりゃいいんじゃないですか?」とシラーっと言われただけで、嗚呼、是
世間ナリ、って感じだけ
ひしひしと感じたことがあった。
って話をしていたら、幹子クンもまったく、そんな思いをしてるのはあなただけではないのよよよ、と。

幹子クンの連れ合い氏が応募する脚本の件で、原作ものの脚色の場合は著作権関係を自分で解消してから
応募しろってことだったのでその関係で問い合わせたところ、
「ま、
入賞はまずないでしょう、これまで脚色の作品が受賞した例はありません」と、のたもーたらしい。事務局が。
幾重にもアホである。

もうそうなりゃ、案の定!という感じすらあるが、その審査、カスリもしなかったらしい。


もう、なんってんでしょう、肥大化したズレ感覚の市場に押しやられてるマトモ同士がもっとお互いの存在を見つけあって
せめて正常な自信を保たせあうような世界を、マジ構築してゆきたい。

自分を信じてはいるけれど、やっぱし肥大化市場に隠れて同種の精神を持ってるひとたちが見えず、こんな小さな理想を
掲げていくらやっても何も変わらない現状に甘んじて滞ってしまってるのって自分ひとりかな、とかいうふうに感じてしまう
時ばかりだと、どうにも押しつぶされそうになる。あるいはもっと多くの人たちに聴いてもらおうとする意識とか、具体的には
また意欲的にどんどん他の土地にも出かけていこうとするようなモティベーションとか、が持ちづらい。

ってことで、興奮さめやらずいろんなお店を探してくれてる東京営業部長・幹子氏や、YUJIROさんもバンド関係の経験から
色々情報くれるし、この、東京方面の受け皿が熱いうちにあたしは
どんどん動くことにしよーと思います。
ダイエットと一緒。まずは宣言。そして周りを軌道に巻き込む。


●●=あ、今回の東京うろつき関係=●●

●「ニヒル牛」にも新商品搬入、ディスプレイも整頓してきました。周辺の皆さん、のぞいてみてね。
 それから、あのお店は、作者が直接出向く以外には、こっちから指示しない限り箱の中に手を加えることはありません。
 坪内佐智世の
箱No.184の中がぐちゃぐちゃになってるの見たら、みなさん、見えやすいようにディスプレイ整えてね★
 あなたのセンスで。(!?←始めっからお客さんに頼っている。。。。)

●それから、末広亭に行ったぞーー★
 裏の「きっさてん 楽屋」っていういい味の喫茶店にも行ったぞーー★ どんないい味かって、末広亭の出演者、様々な
師匠方の話題とかが普通に聞こえてるだけでなく、けっこう
でかい獅子舞の獅子とかががーんと飾られてて、それを
置く台のドでかさのおかげで席が寸詰まりになってしまってて、その並びのもう一列奥の窓際の席に非常に行きづらい。
あたしはもう奥には行かず、獅子のド真ん前に陣取った。小うどん+昆布茶セットっていう渋いメニューを注文。
あたしには驚くべき醤油スープに煮込まれた茶色いうどんだった。なんていうの?すべてが期待を裏切らない”いい味”。

    なんか、写真に撮ってみるとすごく広く見える。末広亭って狭いのに。あの狭さ好きだけど。


 そしてその裏のとおりに、とか、 とかあるのだけど、


 一番ウケたのは、その並びにあるお店の店先・・・工事中
だから¥100だってさ〜。律儀!!
微妙に大きいボトルのほうは、¥130なのね。それも「店頭工事中につき」。きっといい人たちのお店なんだ。




  2004年8月22日(日)  2時ぐらいから
 西日本新聞社ビル16F
        国際ホール

だんだんあたしも、肝が据わってきた感がある。

毛色の違う場へのトライアル★」とか自分でも暢気に言ってたが、毛色なんて違いすぎて、非常に
消耗した。

 ♪さのさ/夜桜お七/黒田節/祝いめでた/

詩吟の発表会の場です。
なんと着物の美光さんの社長さんの奥様!?からお借りした新品の絽のお着物を自分で着てぐったり。
だって、ひとさまの帯で!(←帯類は敦子ママのものらしい。)
しかも二重のお太鼓を結ぶこと自体がもう、10年以上ブリ!?
結局、行ったらNG通告が出て美光さんに全部やりなおしてもらえた。わーい。
着付けをしてもらうこと自体がまた成人式以来なので生まれた子が高校卒業しそうな勢いブリ。
自分で着るので慣れてるため、後半胸が苦しくなってきたけど。

                   《せっかく着せてもらった記念》
       夏らしい裾のカニさん   立派な着付け  帯揚げはこんぐらいやんわり結びます
              


まぁ、よいおべべを着せてもらったし、(お草履まで借りて☆)それでいいわけだ。
整えてもらったあとは、あたしもしばらく上級者・師範クラスの詩吟というものを聴いておりました。
敦子おっかちゃんも、しぶく唸っていらした。偉いのよ。準師範とかいうお立場でいらしたんだった。

その後懇親会に入ったところで、坪内佐智世が登場いたしたわけです。既に消耗した意識で。

あんだけ真面目な顔で詩吟を唸っていらした面々が、もう始まった途端に、紐の切れた凧ばかり。
気がついたら人が歌ってる横で扇広げて舞うじじぃ。

終わった途端に寄ってきて意味も無く「好きよ。」と耳元で囁いてとっとと帰るじじぃ。

しかし、冷静に考えればウケてはいたのではないか、と思えるフシはいっぱい。拍手もあったなぁ。
やたらと喜んでくださって勝手に個人的に更なる演奏をリクエストしてくださる方もいらしたし、CDも
売り歩いてくださった方もいらして、何枚か売れたし。金額が合ってないとこが笑ったけど。

ほらこんだけ売れたよ〜ハイ!ってお金を渡してくれて、ありがとうございましたっ!と受け取りながら
既に金額ヘンやろ・・・って感じてはいたが、後で枚数から考えたら、”多め”にヘンやったってことが
わかって、ま、いっか☆ まぁ、「あの”夜桜お七”は入っとう?んなら買う。」と確認して買ってくださった
方もいらしたし、前回の着物の宴席での、ギャラ代わりに買うてやって!ハイわかりました!っていう
こちらの制作意図に反する売れ方は少なかったと思われるので、その点はよかった。

”虹の彼方に”を弾いてちょうだい!弾けるでしょ〜〜アナタあれだけ弾けるんだからっっ!とか言われたり。
傾向として、かっこいい=英語の曲=歌って〜&弾いて〜 って発想があるなぁ、と時々感じる。


英語の歌ってつまり、スタンダードってことかな。
私はやる側の意識が常にあるので、ヒトが中途半端にその場でちょろちょろっとコピーまがいのことをして
弾くの聴かされるのなんてイヤだとしか思わないけれど、どっちかというと聴くのメインのヒトたちって、
ナマでやってよ!って普通に思うのかねぇ。。。

別に、いいんだけどね。しまいにゃぁ他の出し物の人たちも、チャンチキおけさ?佐渡おけさ?いや、チャンチキ。
だったっけ?そゆのあったっけ?あれ、「伴奏できる?ちょっとやって」とか言って引っ張り出されたりとかして、
聴いてみると知ってたのでテキトーにあわせたりとかしていたが、もうね、いいのよ、なんでも。

実は文部省唱歌みたいのとか懐かしのメロディとか、皆で歌える歌の伴奏も準備しとって、とかいうことで、
知らん曲もあったけどいくつかピックアップしてもらった曲をCDで覚えてコードとか適当に考えてたりもしてた。

私の演奏自体も、懇親会の出し物のひとつ、という位置づけなので、いろんな人たちがいろんな出し物を次々に
やる。何組も、前もって準備してきてご披露するほんとの「出し物」をやるんだけれど、その中で、
現に2〜3人の方々が歌うので1曲伴奏をやれといわれて弾くことになったが、
打ち合わせもなにもせずとも、その人たちが知ってるのだからいけるだろうと思いきや、・・・・あまかった。
あたしも好きな「蘇州夜曲」だったのに。

こっちのイントロも何も無視して自分らのキーで始められ、ええーっ!あたしは
NHKのど自慢のアコーディオン奏者・横森しょうぞうじゃないんだから、そんなアメーバのように変わっていく
キーには合わせきらんぞ!と思ってるうちに間奏になり、ここではっきり聞こえてくれればずれてたことにも
気づいてくれるだろう、なにせ詩吟をやってる人たちゆえ「耳は肥えてる」と聞いているし(聞いていたことがむしろ
ネックになったと気づくことになる。)と間奏弾き始めたところ、指揮しつつ先導していたママも、「もういいね!」と
サンハイ!はい2番!・・・・ええええええっっ! 間奏の4小節かそこらの自分らが歌うのと同じメロディぐらい
聞けよ。なにやら節をつけた歌めいたものを習っているというのなら。

詩吟うなってた時から疑問だったのが、後ろをながれる琴とかの伴奏っぽい音楽(テープらしい)のキーを
まったく無視してずれたまんまんでうなり続ける人たちの多いことで、この感覚って・・・?あたしの耳がおかしい?
いやしかしこれはずれてるだろう・・・と感じ続けてたんだが、まぁ、伴奏してみてすっきりわかりました。
さすがに師範級になれば別にせよ、大部分の人たちの詩吟って、息の鍛錬でこそあれ、「音階」とか「リズム」とかの
普通「音楽」に必要不可欠なものは、関係ないのね。

そういう世界もあるってことだ。歌を聴いて拍手している人たちの中にも。そういうことも事実として知っていて
自分のやってるもんの位置がわかるってこともあろうて。

お見せしましょう。出し物って例えば、こんなだったりも。
    なんか、タヌキ関係の歌で振り付けしてた。タヌキ退場。


・・・・・・よくがんばったわ私。


けど、黒田節のアレンジは、がんばっただけのことはあったと思う。あれは、使える。
というわけで、新しい曲のアレンジまでして臨んだ充実感よりは虚脱感のほうが多かった嫌いはあるけれど、
今年は和風・邦楽方面への開拓の年でもあると思えば、まぁ、いろいろあろーて。
しみじみ、自分の曲をきちっと聴こうとして聴いてもらえる場がありがてぇ。フロンティアの安らぎの場所って感じか。

まじで貴重な経験をさせてもらえているとは思うのです。きちんと今後につながる出会いもあったしね。



2004年8月4日(水)

於)DREAM BOAT (福岡市中央区赤坂1−11−17 赤坂ウィングアネックス4F)
 安枝カヨさん(& ”R”の謙虚なギタリスト氏)とご一緒いたしました。

敏恵、しゅうちょう、みねちゃん、うえださん、くぼたちゃん・・・もう、このように大勢いらしてくださって・・・・☆
ありがたい話です(ハート)

しかも、敏恵さまは1stアルバム『ぎりぎりなのよ』お買い上げ。
うえださんとみねちゃんはそれぞれ2nd『廊下のこっち側』お買い上げ。
きゃっはーーーっ!ぱちぱちぱち。ありがとう。

 ♪夜桜お七/星が光る場所/窓際で/廊下/祝いめでた


今回は、博多側から川を西側に越えた福岡でのライブなので(っとかね、ローカル過ぎて普通わからん!ってね)
「祝いめでた」の「しょ〜んがね〜〜」の掛け声はあえて求めなかったんだけど、敏恵氏が自主的にかけてくれた。
ありぎゃとう!感謝☆★

皆さんしっかり聴いてくださって、ほんと、すぅぅぅっと客席側に声が溶けていく感じがあった。

とにかく、とっても気持ちよかった。よかった。不思議な感覚。来てくれたうえださんは三味線教室で知り合った
ひとで、お教室の先生になんとメールで?坪内のライブに行ったと報告してくれてしまったらしい。その話の流れで、
お稽古の後先生とのおしゃべりの時、あのときは気持ちよかったんですーなんでか、と口走ってしまった。
あっそ〜い〜よねー(シロウトは)、と片付けられた。はいはい。

私も言うんじゃなかったと思った。このときの不思議な気持ちよさと確実にあった手ごたえを、自分でみすみす
安くしてしまった。

でもそれにしても、ほんっとに不思議な気持ちよさだったんだ。このときだけは。多分、一段あがった感じの
すごく一時的なもんだろうってこともわかるけれど、確実に今までと違うもんがあった。
体は疲れてた日だけれど、いちばんこれまでと違えられてたものはたぶん呼吸だと思うなぁ。

これからしばらくはこういう感じをいつもできるようになっていかんといかんのだから、よー覚えときなさい!と、
誰かに言われてる感じの。自分で筆をもった手の上から大きい手で握られて手が自分の字じゃない軌跡を
通っていってる感じ。はぁぁぁ〜これを覚えとかないかんのか、って。

特に、2曲目・水の中屁コキ系「星が光る場所」の、水の中具合が非常によかった。
くぼたちゃんからは歌がうまくなったような、というご感想もいただいたし、しゅうちょうは「イッてた」らしい。
そうか。やってる側がほんとうに気持ちいいときには聴いてる人も気持ちいいんだとよくわかった。
独りよがりは別として。いろんなことに感謝しています。

ピアノは全然ホンキートンクじゃなくなってた。よかった。


後日、三味線のお稽古のあとの話で、先生が誰かの披露宴で三味線を弾いたげる、自分が出て格を上げたげる
ってお話をしていらして、いつもながらなかなか「〜してあげる」という授受動詞をこうまで堂々と使える人は他には
いない、初めて会ったなあと思って聞いていたんだけれど、披露宴で弾くのが乾杯の後だと自分の価値がわからなく
なるから、こっちはプロなんだから、ちゃんとそういう、「聴く側が聴こうとする場」を作ってくんなきゃ、みたいなことを
おっしゃっていて、ごもっともであると同時になんとなく私は複雑だった。

聴こうとする態度をとってもらえると確かに非常にやりやすいわけだけど。今回もそうであったように。
飲み始めてもう聴こうとする気の無い客に聴いてもらえないところで、あ〜〜もー、名も知れぬシロウトだからって
失礼な態度で聴いてもらえず、聴いてもらえてないがゆえに正当な評価も得られない、っていう悪循環から
脱せずキリキリしていたりする私って?プロだから「聴こうとする場を作ってくんなきゃ」なのかぁ・・・よかねぇ。
べつに、先生がど−のこーのではなく。そりゃあそうなのでしょう。名を馳せておいでなのだから。そしてそうできるのだから。
ただ横で聞いていたあたしは、・・・ふーん・・・・と感じた。ということ。
だいたい、ふーーん側やもんね私は。で、機嫌悪そうやね、とか言われると。人生に不機嫌なのかもしれんわな。


  2004年7月9日(金)

於)Deja-vu (デジャ・ヴ) 福岡市博多区店屋町
 TRYさんとご一緒いたしました。
♪星が光る場所/愛の賛歌/窓際で/廊下/祝いめでた

 今回は1曲目から水の中屁コキ系でいってみた。かなり長いリバーブ(largeっていうらしい。)をかけてもらって、
すごくいい感じだったと思う。

 私の歌は縁起の悪いのが多い(?)ので(←こういうと、また縁起の悪いという言葉を文字通りに受け取る人が
いて困る。レトリックってもんを知らんか。)、急に愛の歌が歌いたくなって、♪愛の賛歌♪を歌ってみた。

 岩谷時子の甘ったるい訳詩が有名だけど(あの、越地吹雪とか梅ちゃん<あは☆>とかがダチョウの毛まきつけて
歌うやつね)、私は加藤登紀子バージョンの詩のほうが大好きなので、私の持ち歌としての「愛の賛歌」は
加藤登紀子バージョンと決まってるのだった。今気がついたけど、訳詩者どっちもトキコさんだわ。

 加藤登紀子の訳詩は元歌にかなり忠実らしい。この歌の作者エディット・ピアフがこの歌を作ったのは、彼女の
ライブを聴きに来ようとして恋人が乗った飛行機が墜落してしまい、その悲しみを乗り越えるためだとかいうふうに
聞いている。恋人ってっても、確かそう簡単に話の進むような関係にある恋人じゃあなかったんだったよなぁ確か。
その人が亡くなった後のそのご家族への配慮もすごかったらしい。確か同じ恋人のことだったと思うけど。

 ほんっとに、ほんとは「愛の賛歌」って、愛ってものがすごく突き抜けた永遠のものにまで昇華してしまった大きさや
すごみのある歌だと思う。披露宴でテキトーに歌われるようなタイプの、いいとこ持ち寄ったような愛の歌ではないのだ。

 今回は、ホームページを見つけてくださった方がお二人連れで聴きに来てくださいました。ありがとうございました!



 2004年6月22日(火) 於)Deja-vu (デジャ・ヴ) 福岡市博多区店屋町
  Deja-vuの奥様&だんな様がたのバンド・HOW HAPPYさんとご一緒させていただきました。

   ♪願/窓際で/いとしのエリー/廊下/祝いめでた


●平日ライブへの誘いにも関わらず、しゅうちょう来てくれてありがとう!
 とんでもないお客に満たされた中、あたしの苦闘ぶりを見届けてくれている人がいるだけで、ほんっとに救われるものだ。

そう。そうなのよ。見ていてくれる人がいれば、まぁそれだけで既に苦悩は半減しているのだよね。あらら〜たいへんやったねー
って言ってもらえるだけで。そう。そうなのね☆

あたしは今までたぶん、ずーーっと、ライブではなく普段の生活の中で、まー大変やったねーよしよし、と言ってもらえる
ことが無かったもんで、神も仏も無いものか、と、なんで世の中ここまで不公平なのか、と、聖書に頼りかけたりとかして
いたんだな。「よしよし」で済むもんなのだよね。かなりのことは。

聖書を信じている人たちが悪いというのではない。クリスチャンの友達もいるけれど、わたしは理解できるものなら理解したかったけど
どうしても理解できんとこに引っかかったまんまだったのだよねー・・・おかげで入信せず。

 しゅうちょうと、あと一人、こっちをしっかり向いて聴いてくれてるっていうのが伝わってくる人がいたなぁ。ありがたい。
今回はその二人に向けて歌っていたんだー。そういう「想い」は私、強いほうだと思うんだけれど、その強さをかき消すほどの、
その他の人たち・・・でした。しっかり聴いてくれてる人もその連れだったというところが、良いような、悪いような・・・

 いまどき、行き遅れっていう言葉がまだあるのだなぁ。70なん才かのじいさんだったから無理もないけど、演奏中に言われたり
大事な「廊下」っていう歌の「ダンナが死んだわけでもない」というフレーズ聴いて笑われたりが重なって、たいがいキレた。

ああいうのは死に絶えるのを私は今まで辛抱強く待ってきたけれど、まだおったか。言うとくが子連れで一緒に騒ぎちらかしよった
わがムスメゴはどうやら、失礼な言動からすると私より年下のつもりでおったらしいけど(?!)なんのなんの、
実年齢よりかなりフケとるばい。けどもう「かたづいて」しもーとるけん、そのじーさんにゃぁいーっちゃろーなぁ。まとめて浅ましや。

 そのわりにはその連れたちは完全に歌声喫茶と勘違いして演奏と一緒に延々と歌うし、正面の席では一度も顔を上げることなく
文庫本のSF小説を読みふけるHOW HAPPYのドラマー。おのれの2ステージ目も楽しそうだった。

 なぜここまで唯我独尊のひとたち?

 そういう見事な人々に囲まれて、テキトーに持っていってたCD5枚は歌声喫茶になぜか完売。おありがとうございました。
買ってくださった方々は何かを気に入ってくださったようで、演奏中にワインを2杯もいただいてしまいました。ごっつぁんです。

その中にはRKBがらみのヒトもおんしゃったようだ。名刺もらった。
2曲目の「窓際で」を久々にやったけど、これは6月19日の福岡大空襲のことをちらっと言ってるフレーズがあるもので、
私としても6月のライブでやる意味があったし、ほんの最近この曲が入っている1stアルバムを聴いてくださった方が初めて
「福岡大空襲のことを歌った歌が・・・」と、指摘してくださったりしていたので、意識の上にのぼってたとこだったんだ。

もーちょっと早く知っとったら大空襲の記念日用の番組に使えたのに、って言いよんしゃった。
今年はそれ用の番組をもう制作しなかったらしい。「視聴率低いけん。」って。いかんと思うなーぜったい。

ドイツなんかは子供が退屈がろうがどうしようが、とにかく戦争の記録番組のようなもんはある程度の頻度をもって放送されている
からイヤでも目に触れ、知らず知らずのうちに事実を知っていく、って聞いたことあるけど、日本は視聴率下がるから、で作らなく
なっていくからなぁ。まえは8月ぐらいにはなんとかまだやってたけれど、最近は8月でさえがくっと減ったし。

「視聴率下がるから」ではバカにあわせていることにしかならんだろうに。
啓蒙するためにあるんちゃうかい、メディアって。啓蒙すべきバカに合わせてオノレが転がり堕ちていく先に何があるというんだ???
バカに引きずられて垂れ流しのバラエティ番組に字幕つけるためにスタンバっとるだけでは・・・・情けなさすぎやしないか?

来年の大空襲記念番組用に使うかもしれんけん連絡無かったら電話して、げな。
他の局が使うて言うてきたらまずウチに電話して、げな。熱心なようでなげやりな態度。
第一、まる1年も先のことば覚えとんしゃるわきゃーなかろーし、それに番組制作のために連絡ある可能性っていつごろなのさ。
知らんがな。

あたし的には今回は意図的に脱力演奏バージョンを目指していて、できそうな感じがあったし、できたところもあるにはあったが、
つい、どーーーしても、あたしって、うるせー・・・と思うとその声を消すためにピアノを強く叩くんだよねー。
まあ確かに、歌声喫茶たちからは「ジャパニーズシャンソン?」とか言われていたので、成功した部分もあったのかもしれない。
シャンソンめざしてるし。ブルージーシャンソン。

とにかく、かなり徳は積んだが、演奏の修行はまだまだだ。

完売のCD5枚、1st、2ndともすべてにサイン&その他書きまくらせていただきました。
でももう、おなかいっぱいです。
勘弁してください。


2004年5月22日(土)
於)Deja-vu (デジャ・ヴ) 福岡市博多区店屋町
 ♪さのさ〜夜桜お七/星が光る場所/願/廊下/祝いめでた

なんだか今回は様々な方面から・・・!ご来場おありがとうございました。

◆お仕事のシフトと合わないから・・・ってことでもう一ヶ月前からお休みとってはりきって来てくださった平田さ〜ん。
(ベースの平田氏とは無関係。)かわいいほうの平田さん。ありがとう!私の後の人たちの演奏も、完全に「文化祭のときに
好きだった人を見てたときのこと思い出しました・・・・」と。うふふ。かわいーが、本人たち見てたんぢゃねーのかよ・・・って気も。
透き通らせて違う人見てたのね。ろまんち〜っく!・・・それは同じテーブルだった杉村ねえさんもゆってた。文化祭のこと
思い出した、と。皆そんなふうに見てたりするのねー☆


◆杉村ねえさんも久々ご登場!いつも何かプレゼントもらってる感じで・・・申し訳ない!ありがたい!今回は
お部屋の芳香剤にもなりそうにハーブ系の香りの強い入浴剤を・・・・3個というよりも、3玉といいたくなるような・・・デカイのを!
中からお花とか出てくるらしい。楽しみだ!

 ちなみに、ねえさん本人は「冬のソナタ」を見らないかん!っと、急いで帰っていった。しかし、その後のご連絡によると、
拉致家族の帰国報道で「冬ソナ」は中止だったらしい。ちなみに、「冬ソナ」のことは彼女、はじめはケッ!と思っていたのに
いつからかハマってしまったらしい。そんなもんなのか。。。。ってことは、私もいつかハマる可能性も持ってるのね。

・・・・あーー・・・でも確かに、『101回目のプロポーズ』も、観る気なかったのに、韓国で日本語教育をやってたときにある時
学生がどっかから借りてきたビデオを観る機会があって、それがちょうど「僕は死にましぇ〜ん!」の回で、結局、日本語あんまし
わかってない学生そっちのけでそういえば私は一人でボロボロ泣いていたのだった。学生たちが「・・・センセイ・・・!」って
びっくりしていたっけー。今思い出した。うげーーダメぢゃん。「冬ソナ」もハマるのかも。見らんぞー。


◆そして、うちの高校の同級生二人が・・・ばったり!いつも来てくれる敏恵ちゃんありがとう!そして、なんと、みちおくんが
ふわっと一人でご登場!ぱちぱち!ナイス!!
小児科でめちゃくちゃ忙しいと聞いているのに・・・もう二度目だよ!今回は完全にリピーターとして来てくれたわねっ!
やっほーー!ありがとう!しかし、みちおくんは、特急に乗って帰らないかんので、話す間もなくさようなら・・・・でした。

残った敏江ちゃんと話をしていて、「医者は皆、湿布の袋の”貼ってください”、かゆみ止めの袋の”からだに塗ってください”
という日本語をおかしいとは思わないのか?」という話になり、「はっ!しまった!みちおくんにも訊けばよかった!」って
後悔してしまった。今度きくよ、みちおくん。


◆なんと高校の先輩ご夫婦も。。。。私があつかましく葉書を出しつづけていたもので・・・・。25回の(あたしらは38回です。)
松井センパイご夫妻☆・・・いっやーーありがたき幸せです。毎月25日に定例会やってる仲良し25回の人々・・・3日後に
お会いになるもうお一方のセンパイのほうにも、よろしくお伝えくださいあはは。


◆◆ というわけで、盛りだくさんなお客様の中、うん、いいんぢゃない?という感じで、自分の耳で聴きながら、楽しくできた。
夏向けに、「星が光る場所」を久しぶりにやったけど、リハの段階で、もう私が今まで注文つけ続けていた究極の深いリバーブを
弾き始めた途端に一発でかけてもらえたのが、ありがたいやら笑えるやらで、渋谷アピアなんかでやるときの注文のつけ方が
難しくて苦労してたりすること考えると、もう、ホームグラウンドという感じだった。ありがたいっす。


◆うちの高校(もろ博多。)の出身者が複数だった今回は、「祝いめでた」の中の掛け声「しょんがねー」を一緒にゆってください!
っと少しだけ期待しとったけど、無言ぢゃった(納得の失笑)。確かに、かけにくいタイミングであることこの上ないのは事実。


◆MCでは、真剣に私のお悩みを一人語ってしまいましたが。。。。4月のDeja-vuでの演奏は、調子こいて1時間もやってたので
反省し、今日はしゃべらん!と心に決めたものの、結局・・・・ちょっとしゃべっちゃったわね。

お悩みというのは、この欄の下に書いてる、16日(日)に歌った席でのCDの売り方について・・・という、非常に大切だけど
お客様に聞いていただく話ぢゃねーだろ・・・というような話でした。すんません。その流れで、帰りにもそげな話をしていた。
詐欺でもない限り、どんな売り方もアリぢゃろー、というご意見も。そうだよなー。そんなとこまで含めてのプロモーションであろう。
こういう人には売らないとか、横着すぎるわいなぁ。

メジャーな大手レコード会社(?)っての?とかに、売り込んだりしないの?みたいな話も。今すごく探してるんですよ、って。
ふーん。そうかー売り込んでいいの?あたしみたいのが?まぁ、なんでこんなのが売れるわけ?とか、その逆とかあるわけだから
そりゃー売りこんでみないとわからんってとこも確かにあるのかもなー蓼食う虫も好き好きだし、みたいな。確かに。
売りたい世界の人たちってまず年齢とか外見で切り捨てるもんだと思っていた。

音楽なのに汚ねぇとこが見えるとイヤやけど、まぁ見えることもあろーけどがんばってみたほうがいいのかもねー、とか
言ってたら、そゆこと言うのは博多でしよるやつらだ、とかいうお話もあったわね。確かにな。
それでも売れなやろ!って人はたぶん、東京に行くのだろう。
ライブハウスいくつか聴きに行っても、東京と大阪比べただけでも全然ちがうし。
私は専任で就職して6年目なので、その前までは長いモラトリアムと解釈もできる時期があったわけだけど
やっぱり、東京で「夢を追って」バイトしながら、ってのはなんか違う気はしていたんだなー。むー。

・・・・・・ほなまた、考えつつ、がんばりましゅ。


  2004年5月16日(日)
       お昼のひととき
呉服屋・”美光”さんの福岡での15周年記念パーティ
 於)福岡市中央区  マリエール桜坂
 ♪ 別れのブルース/さのさ〜テネシーワルツ/土砂降りの雨の中で/夜桜お七・・・・・(会の最後に)祝いめでた

以前ここで、「淡谷のり子の港町ブルースもやります」とか書いてましたが、「別れのブルース」の間違いでした。
「♪窓をあ〜け〜れば〜〜」ってやつです。「港町ブルース」って、調べたら森進一の歌の曲名らしい。


 まあ、なんとかなるものだ。→なんとかなった本番の姿はこちら

あんな晴れ着としての着物自体、久々に着たけれど、まぁすんなり着れた。ただ、帯がやや、2度ほどやり直さないと
その帯自体の長さの感覚を忘れていて、汗かいてしまった。


 で、まあ、おべべはそれでいいんだけれど、雨が・・・・・・・・なぜ、この日に限ってこんなに雨が・・・・・・・・・

ピアノとアンプとスタンドを運ぶのに、朝っぱらから美光さんにマンションまで来ていただいて車に乗せて運んでいただけたから
まだよかったものの・・・・・もう、考えただけでもやっぱし、独りでピアノ機材運ぶこと考えると、雨ってマジで恨めしい。しろしか。
あたしの着物もかなり雨にやられたはず。。。


一番どうしようもなかったのは、早めにその会場についたものの、音楽系の人々の催しというわけではないもので、「リハ」って感じ
になりづらい。みんなお着替えしたりとかテーブルのセッティングその他にざわざわしていて、「祝いめでた」を歌う男性の方々も
なかなか来ぬので、1番私が歌った後で、2番以降にどのキーに変えればよいのか、っていう打ち合わせも全然できない。私自身の
音とマイクの音量のチェックをしたいんだが、ステージ上はそれどころではなく色々やってるので、上には上がれず、脇で、
カーペットの上にアンプ置いたまま、ゴーインにチェック。


 やがて「祝いめでた」担当の男性お二人がやってこられたものの、はじめにピアノで歌うなんぞたぁ聞いちゃいねぇ、、、、
なにそれ?って空気。おい。打ち合わせと称して飲みに誘ってくれたりまでしたんだから、敦子かあさんったら、とりもっといてくれよ。
おまけに、そのお一人は歌詞がわからん、と、分けて歌うのはとりやめ。2番3番は同じ方が、私が歌った後にそのままのキーで
続けられることに。。。。まぁ、本番では、・・・っまだ早いよっっ!というようなタイミングで2番歌いだされてしまった。それほど意外
でもなかったからまあいいんだけどね。


 そのお二人の方々は、本番でピアノ機材一式の上げ下ろし要員としてもご活躍してくださり、ありがたかったものの、やはり
その打ち合わせ段階でアンプのスイッチON状態の時にブチブチとピアノのほうの電源切ったり入れたりされてしまって、
あっ!いやっ▼△※!!・・・あっ、☆●×※まだだめですぅっっっ$○★◆□・・・(汗)!!って焦った場面もあった。


 会そのものが始まり、社長さんのご挨拶や招待客側の代表のご挨拶(企画者・敦子かあさん=あたくし入院中の隣のベッド
だった詩吟の先生・・・・の、更なる先生。小学校時代の。しかも詩吟の師匠でもあるという恐るべきご関係・・・・)に始まり、
舞踊やら、着物ショー(?)やら着付けの帯結びのご紹介やらと、盛りだくさん。

会場は、6テーブルほどで、35〜6名のお席。その真ん中に赤いジュータン(!)が敷かれていて、なんと、お客さんたちの
中から選ばれた方々が現にそこを歩いて皆さんに着物や帯を披露する、っていう着物ショ〜☆ ほぉ・・・・っと思ったのもつかの間、
なんでかあたしまでその赤ジュータンの上を歩いて皆様に着物をお見せせよとの・・・・・指令が・・・・・・・・・・・!

なんでだよっっ!

そんなのは嫌いだよっっっ!はっずかしーーよっっっ!

あたしはおしゃれも好きだし着てったおべべも確かに派手だったりするけど、それは自分で楽しむことがまず中心であって、
その姿を見せるために人前に出るってのは、ものっすごはじゅかちー。そゆのはきれいな人がやってればいいのよ。
しかもそのおべべは、はっきり言うが、美光さんの着物ぢゃ〜ないんだしっ・・・(大汗)!
(だってしょーがないでしょーこのお歌のご縁で初めてお会いできたのだからっ!)
 (★註:その後、渋〜〜い良か着物を、美光さんでGET★)

は〜〜〜〜もー・・・・・大きな渦の中に巻き込まれていった嫌いの・・・・・雨の日曜日でした(脱力)


やがて、お歌の時間に。
てきぱきとピアノセッティングしてもらい、歌いはじめると、まあそりゃ当然、音の響き方が予測に反してやけに違う。
人が入ったからというだけでなく、ステージ自体が下が空洞になってたようで、やったらと音がそっちに吸収されたようで、
すごくこもって聞こえていた。よかたいよかたい。そのくせベース音はやたらとビロビロ響いてた。よかたいよかたい。

「さのさ〜テネシーワルツ」って、全然大した意図も無く、どっちの歌の内容も、彼氏とられちゃったわよ、みたいなこと言うてるので、
和風な「さのさ」から英語な「テネシーワルツ」って面白いかも、と思ってくっつけてみたのだけれど、後で言われてみると、
どっちも
江利チエミ
が歌ってたのね。ほぅ。なんだかそゆのって、おもしろい。

その後も続々と、お客さんを飽きさせない企画が続き、社長さんまでおてもやんみたいに着物とメイクして踊りだしたりして、
おもしれぇ人たちだ。敦子かあさんの企画・司会も上手で楽しいもんだ。→そして、結局・・・・


最後の「祝いめでた」の時には、また改めてピアノ一式をステージに上げてもらって早速始めたんだけれど、最後に手一本入れる、
詩吟の大先生でもある会長さんが、私が歌い始めたら、むーー・・・って感じで腕組みしていらしたので、こーゆーヘンなアレンジは
正調祝いめでたの雰囲気を壊してしまってイヤだと思われてるんだろーなー、とか思いつつやっていたんだけれど、終わってからの
打ち上げではも〜〜なんといいますか、大絶賛していただけて、びーっくり☆ 何度も何度も、今日はよかった、楽しかった、
これからもこういうふうに新しいものを取り入れていくべきだ・・・・っと、詩吟への熱い想いも語ってらした。おほほ。よがっだ。


終わってから、CDの宣伝もしちゃるけん、持ってきときなさい!って言っていただいてたので、ずうずうしいかなぁと思いつつも10枚
持っていってたら、「ギャラ払ってるわけじゃないし、みなさん、ギャラ代わりに、どうぞ買って聴いてください。ほら!はい!はい!」
って、司会者かあさんが、CD入れたバッグごと受け取ってがんがんテーブルをまわりだしてしまった。そしてお金を払う人々・・・・
あっという間に、売り切れた。ライブの後にCD売れるととっても嬉しいもんだけど、10枚ぜんぶ売れたなんて、初。

非常にありがたいのだけれど、これって・・・・どうなのだろう???? みなさん、ニコニコ買ってくださったのだけれど、
あの10枚って、売り払われてない?お金払った人たちって、買わされてない?いいの?

「まだ持ってきとけばよかったのに!」と、その後の打ち上げでもおっしゃる皆さん。それはとても好意的な言い方なんだが、
いいのか?しかし、お隣の席だった踊りのおっしょさんは、買ってくださったお一人で、「ここまで努力して作ってあれだけ演れるん
だから、遠慮しちゃだめよ!売らなきゃ!」と。確かに。。。。「ほんとにまた聴きたいと思ったもの。」って。ほろり。


そんな人ばっかりに売りたい、と考えるあたしは、横着に選り好みしすぎているのか?買わされた人がいるのではないかと思うと、
非常に気になったのだった。買わされた人ご自身にも非常に申し訳ないけれど、むしろ封もあけずにそこんちで忘れられてしまう
かもしれない私のCDのほうがもっと気になるのだった。

で、上に告知しているように、8月にも詩吟の大会後の懇親会の席で歌わせてもらうことになっていて、
本気で「そのときは100枚ぐらい持ってきときなさい!」とか言ってくださる。。。
○○さんに言うたらそこの工場の人たちに100枚ぐらいは・・・とか。300枚しか作ってないの?なんでそんな少ないの?と。。。


たしかに。普段は聴いていただける機会の少ない方々に好意的に聴いていただけるまたとないチャンスではある。
ミリオンヒットを飛ばしている人たちのCDだって、いっろーんな人が「買ってみる」ことは確かだし。
中古CD屋にやたらと新しいアルバムがずらーっと並んでいる姿を見て、好きで買ったんだろーだいじに聴けよ、と脱力したことは
少なくない。けど、CDの聴き方なんて、人によるんだし。←これって、自分に言い聞かせているのか?


私の心の師匠・CHAGE&ASKAのコンサート会場内で、並んだCDを眺めながら
「いちばん新しいのはどれ?じゃそれ一枚ちょうだい。」と大根かなんか買うかのようにぽろっと買っていったおばちゃんを
見たことあった。衝撃やった。ヒットすることの弊害?言いすぎ?そういう人たちまで取り込めてこそのヒットだろうしなー。
そうなのよ。そうそう。

いつもコンサートに行ったら、大きな会場内を私はぐるっと見回す。これだけの人たちが、この日のこの時間帯にすることとして
このコンサートに来ることを最優先するっていう意志をもって前売り券を買うという行為をしたんだよなー、すごいよなー、と
思うと同時にこん中のいったいどれだけの人が、ほんっとに歌の中身を聴こうとしているんだろう、と必ず考えてしまう。

で、そう考えたら次の瞬間には、あたしがどれだけ彼らの歌をわかって聴いてるっていうのか、という理屈につながるので、
その不遜な疑問自体を打ち消す。毎回、その繰り返し。
それぞれの聴き方にゆだねられるところが、その歌のもつ普遍性だったりするわけで。


私のCDをほめてくれようとして、「すごいですね、すごいから2回も聴きましたよ!」と言った人もいるようだ。・・・・2回「も」?
CDは、聴くために買って、そしてリピートしてくれ。そのためにあるのだ録音は。ミゾ減らないから。針とばないから。

・・・・・そういうわけで、非常に手ごたえを感じたと同時に、今後の私自身の、売り方ってもんを考えた日でもありました。
たぶん、まだしばらく考えることと思います。いやたぶんずっと考えていくことなんだろうと思う。




 2004年4月17日(土)

於)Deja-vu (デジャ・ヴ) 福岡市博多区店屋町
歯機械輪(はめかわ)さんと初・対バン。
♪夜桜お七/雨の夜のリズム/11月の光/願/廊下/祝いめでた

2、3、4曲目は
右大臣&左大臣バージョン♪でした。まぁ今回はよかったんぢゃないか?ゆきずりの3人としては。
ベース・平田氏のマニュライフ?・・・保険会社の皆さんもおいででした。
私のほうは、お得意様・ジモスの中松さんとご主人と、自称マネージャー?のマハナ氏になぜかアシスタントと呼び
かつ名乗ってる九大生じんのさん。ありがとうございます!
今回のお客様は、なんで今あたしはこの人たちとしゃべってるの?と思わせてくれる方々バージョンでしたあはは。


 歯機械輪さんと初めてしゃべった。なんも話さない人かと思ってたら、話しかけてもらって演奏中もヒューヒュー
盛り上げていただけて、ほっとしたです。たぶん、前に一度だけ一緒だったんだと思う。
 始める前に、坪内さんといえば「廊下」でしょう、と言われたので、今回は時間の都合でやれないんです、
といったら、時間の都合であの曲をやらないなんていけない、やりなさい、と言われて、時間かなりオーバーなのに
やらせてもらうことになってしまいました。感謝いたします。

 はじめが歯機械輪さんだったんだけれど、なんだかシオンだな〜と思って聴いていたら、シオンを聴きにいったとか?で?
ご本人にもシオンたっぷりな雰囲気だという自覚があったようだった。そして、私に「廊下」を歌わんかとおっしゃったように、
やっぱり自分でも、歯機械輪といえばこの曲だといわれるよう、これ歌い続けてゆくんだ、とかいう姿勢で歌われる曲とかあって、
そうよねーあたしもやっぱし「廊下」って歌い続けないかんのよねー、と改めて思いました。

 いや・・・私の場合、歌いたいんだけど1曲1曲が長いもんで、他の曲との構成上、同じようなタイプの他の曲がやりづらくなり、
何回も来てくださってる方々にあんまし同じ曲ばっかしやってしまうってことに引け目を感じてしまうのですよねえ・・・・

なにせ、30分程度なのに、私の曲って、ほとんどが短くて6分ちょい、長いとテンポによっては9分近かったりするし。
まぁ、難しい制約なのです。渋谷アピアでやるときなんて、ほんとは30分超えてはいけないと厳しく決まってるみたいなので
いつも4曲しか計画できない。これまではお店の方々のご好意により、せっかく来たんだからもう1曲やっていいよ、とお情けで
短い曲を急遽追加させてもらったりはしていますが。。。。

あ〜〜・・・・短い曲って・・・・・あたしには無理なのよね。どおおおおしても、長くなるのよ。
あたしって、”曲長く作ってしまう”病。



 2004年2月28日(土)
於)Deja-vu (デジャ・ヴ) 福岡市博多区店屋町

 Roofさん、桐原正二さんとごいっしょでした。
♪夜桜お七/祈り/雨の夜のリズム/廊下/祝いめでた

賑やかなお客さんがいらしてた。
福教大付属小かなんかの同窓生グループだったらしい。すごかった。
こちらの演奏が始まってもますます賑やか。
その空気をこちらに向けようと?マスターが、このひとは福教大の・・・っと言ってくださった。
(いや、言ってしまった?)

私としては、かなりいろいろあった不愉快を忘れたいと思ってる最中だったんだけれど、まあ
しかたなく「あ〜いろいろとお騒がせしております福教大に勤めております・・・」と言ったところ
なんにもご存知なかったようで、「え?なになに?何があったの?」と結局ますますうるさくなった。


◆さて、私の歌をほんとに聴きに来て下さった方々としては、久しぶりに、入院してたとき同室だった
”身障者組合”の大御所、あつこママが今宵のオトコを連れてご登場。ありがとうございます。

CDを買ってくれたんだけど、「いくらね?1500円?そげん安いなら2枚買うちゃろー。」って、
ありがたいんだけどしかし・・・・その後も上等な晩餐にありつけたけど、その店でもさらに2枚・・・
買い飛ばしてくださった・・・・・・・・・・嗚呼・・・・・・・・合掌★


◆和美もご登場。正月の同窓会で会ってなかったことを思い出し、まずはふたり新年のご挨拶。

  そして、2曲目の「雨の夜のリズム」について・・・・・
  かずみの描写・・・・・・「あの2曲目の歌ってさー、包丁が似合う歌」・・・・ううむ・・・

 シェフがちょうど、ニンニクと鶏肉を切り刻んでた時だったらしい。
 とてもビジュアル的にぴったりだったとか。
 「ほら、夜中に用も無いのに大量に人参をみじん切りにしたりするようなオンナの歌ね。」

最近も、「声が竹内まりあに似てる」とか言われたことあって、時々言われるし、声が似てるぶんには
そうかもなぁと思うから別にいいんだけど、けど、そのたびに、「歌」は違うぜ、とひそかに熱く
思っているあたくし。竹内まりあの歌はナルシストな歌が多いからね。全然違うでしょしょしょ?
まぁ、・・・・・・・夜中に人参のみじん切りするようなオンナは決して描かないわなぁ竹内は。

・・・・・・本望です・・・・・・・・・・・・・・・・合掌★



2004年1月24日(土) 於)Deja-vu (デジャ・ヴ) 福岡市博多区店屋町

★第2弾CD『廊下のこっち側』完成記念ワンマンライブでした★

お店のご好意により、やらせていただいてしまいました・・・。
 
 ♪夜桜お七/冬の窓/雨の夜のリズム/11月の光/夕陽が射してるものなのよ/
    /古い日記/願/祈り/廊下/祝いめでた

このように、長々と、やってしまいました。
死ぬほどピンポイント攻撃的に、この週末はひっどい雪だった。雪国ぢゃないとこの雪は、誰よりつよい。
来る予定の人たちや、来るかもしれなかった人たちの足を遠のかせた。

それでも来て下さったのは、こもり先生と、ゆき&貞光っちゃん、マハナ氏&教え子(ムスメ?!)さん、
年末に引き続き敏恵ちゃん、そしてベース&ギターのかたがたのお客様がた。
もうお一方、途中でピアノと歌がい〜感じで(←ポイント!)聞こえたので入ってみた、っていうお店のお客様が☆
ほほ・・・そゆのうれちー。みなさま、ありがとうございました!

3曲目からの4曲は、”右大臣&左大臣こちらへ”コーナー(ベース&ギターつき。)でした。
CDバージョンではややギターがダウンタウンブギウギバンドチックになってるというご指摘もあったが、
ライブではギタリストが違うため、また違ったバージョンになってたと思います。

ゆきずりの3人ですが、がんばってました。「♪古い日記」は、左右大臣が去りやすいように賑やかなのを一つ・・・
っていう提案のもとにやることになったのだが、個人的にはぜんぜん気持ちよくなかったわ。ぶっちゃけた話が。

やはり、ゆきずりに出てもらうのって大変だ。何人いっしょでも孤独に違いはない。。。
ゆきずりの他人が間違って立て直すタイミングってまだつかめんし気は使うしゲットできたギャラは渡すし。
バンドじゃないだけに後になっての反省会的なダメ出しはしづらいし。
今度からは本気で気に入った演奏しかGOサインは出さんとひっそり固く心に決めた。

左右大臣コーナー設置によって、Deja-vuにて初の、エレピ使用。
従って、アップライトのピアノ弾いてるいつもは常にお客様におケツむけて歌ってるわけですが、今回めでたく
皆様にお顔向けしながら歌えました。お見せするほどの顔でもありませんが。

そのついでと言ってはナニですが、左右大臣が去ったあとも、ひとり顔向けたまま2曲ほど歌ってみました。
やはり、バーゲンですよーっとか言って人を集めた横には、「バーゲン対象外・春物新商品」が並んでいるもの。
CD完成記念とはいえ、やはり次につなぐ新曲もご披露せねば☆でしょう。。。。

ということで、新曲の「♪願」(がん)と「♪祈り」・・・・
ほぼ同じ時期にできた曲だけど、なんだか祈祷師のようなタイトルばっかでねぇ〜・・・
しかし、お褒めの言葉もいただけた!

・・・・そして更にしかし・・・・お帰りの際、1枚目&2枚目のCDを並べてたレジにて
「あの新曲が入っとーとは、どっち?」
「あ・・・・あれは・・・・新曲なので・・・・」
「入っとらんとねっ!(怒)」
「はぁ・・・・ぢゃあ3枚目に入れることにしますから、ぢゃ3枚目のご予約、ってことで・・・(汗)」
(お店のひとが)「あ、でも3枚目出るのまだ先のことですから〜」

あはは。そうなのよ。次の阪神の優勝とどっちが早いかってぐらいさね。ち。
ま、そういう説得のもと、1枚お買い上げ☆ありがとうござい。

そんなこんなで、総合的には気持ちよくできたと思います。
ありがとうございました〜。



●過去のライブ報告 2001 2002 2003 ● ●”CD紹介”へ●
●”おたいせつ”TOPへ戻る● ●”ぎりぎりなのよ”TOPへ戻る●