| 茶漬け 〜思考試行錯誤〜 |
| お茶漬けを食べながら観ていたんだった。単につけっぱなしにしていた昼のワイドショー。もう10年になるのか。 皇太子のプロポーズを受け入れたという雅子さんが、記者会見でけっこうペラペラしゃべっていた画面を意識しながら、あたしは無表情にお茶漬けをかきこんでたんだった。 僕が?一生?お護りいたしますから?とかなんとか?言われましたハート。みたいな雰囲気だったかな。こっちは意地なくらいの茶漬けだった。ほう、と思いながら。ほう、よう言うた。まもる?きみが?本気で?まもる、とは・・・??? あんなに必死で茶漬けを食ったことはあの後にも先にも無い。あたしは、都合にまかせてふっと身をかわしてはこっちのことを目の前で自分の親きょうだいに訴えかけて己ひとりがヨシヨシしてもらう性格だとわかった相手を死ぬ思いでばっっさり切って別れた直後で、そのひととほぼ同じ頃に生まれたらしい皇太子ってひとが己が親族一同からあなたをおまもりいたしますなどと、真顔で言い、また、言っていただきましたと真顔で公表している婚約者のその態度ってもんが、それはそれは不可思議で、そのトシでまだ本気でそんな虚言と戯れ遊べるタチの人たちなのか、先のことなど誰にもわからぬという大前提ゆえの保証なき刹那な本心として言ったもん勝ち的に尊いのか、はたまたひょっとして本気でがむしゃらに護ろうとする態度をみせてゆくタイプの人間が存在しているもんなのか、もうまったくわからず、ただただ、そのどれに感心するのもそのときのあたしとしては癪であり虚しいものであり自分には関係ないものであり、ただただそれは茶漬けを食ってるだけの時間として処理すべく、一生懸命茶漬けを流し込んでいたのだった。涙は勝手に流れ続けていたんだけれど、それは自分の中の「泣いている」という定義にははまっていず、ただ茶漬けをかきこんでいるときに偶々同時に流れていたもんに過ぎなかった。 もう10年かー。 いろんなものを、数えてはいけない。 けれど、あの茶漬け以降、あの茶漬けを流し込んだ時とまったく同じ意識でかいくぐってきた、無念さやいわれ無きひがみと見なされる悔しさや人におめでとうと言い続ける遊離した感覚や間違ってはいなかったのだしという確認の意識の中で、自分が過ごした時間がもう10年っていう長さになったのかっていう感慨はやっぱりある。もうフェイドアウトしていけるところまで来たけど。 最近なんだかよくわからんけど、あなたをお守りいたす決意だったおぼっちゃんが周囲に反乱を起こしてるふうな報道がちらっちらっと遠慮がちになされている。嫁さんの心労が大変なもので、それをかばおうとなさる電化おっと殿下が周りをおろおろさせるようなご発言をなさったとかゆって、よほどのご決意なのだろーとか殿下も周囲の方々にお心を閉ざしていらっしゃる、とか、まさこさまを思いやられるお心が伝わってきますとか、こんなになるまで気づかなかった周囲はなんてやつらだとか、表面好きなワイドショーはやっぱり、すぐ癒されるアホと同じ程度に推測しやすい発想で当たり障り無く伝えているようだ。 けど、そうか?お世継ぎを産め云々、せっかくなれた外交官の道を捨ててまで云々・・・。そんなこたぁ、皇太子の嫁って立場に実際立たずとも、ふっつーに当然考え及ぶことだろうが。しつこくアプローチして口説き落としたそのぼっちゃんの本気の見せ所にほかならぬところで実は今までうまいことやれてなかったと単に世にばらさざるを得なくなった状況で、こともあろうにお心を閉ざしてどーする?は?いまごろ。そうなる前にしとくことだらけやったんちゃうんかい。 何かすごく大胆な言動をしてるふうに言われてるけれど、自分の立場ってもんがある種そういったジョーカー的な力を持ってるもんだってことはこれまた物心ついた時からわかっとるはずであって、そのジョーカーを切羽詰った挙句にお心閉ざし標示に使うなんて、いっちばん無駄な出し方になってないか?え?何もできなさすぎではないかえ?ただの駄々こねぢゃんね。何も護れてないぢゃんね。昭和天皇ってひとが軍部の盲進にお心を痛めるだけしかできなかったのと同類というか、血は争えぬというか、やはり年季の入った天然記念物であることだけは間違いないようだ。血の濃い一族よ少しは学習せよ。 あんときの茶漬けはしばしば思い出していたけれど、あの時やっぱり茶漬けを真剣に食うだけに徹していてよかったと強烈に感じる今日このごろ。それぞれの10年。あたしはもうあそこまで浮いたり沈んだりすることは決して無い。 2004.5.29 |