襖の隙間

〜思考試行錯誤〜

 

 ミュージックフェアに沢田研二が出ていた。

20年ほど前のヒット曲を中心に、何曲か歌っていた。
「ストリッパー」とか「TOKIO」とか。
好き・嫌いは超越して、いつもザ・ベストテンで聴き続けた歌。

いつもこの人が歌う時はテレビの画面の中がヒラヒラキラキラと、
風と光が動いている感じでとても華やかだった。

確かこの人、一時期ザ・ピーナツという双子の片方と結婚していて、
その結婚の披露とザ・ピーナツの解散の挨拶を合わせたような
大ステージをテレビで目にした記憶があるが、
客席から当時おおはやりだった紙テープが投げられまくって
ヒラヒラの衣装の腕に脚に絡みつき、割れんばかりの歓声が響き続け、
それはそれは恐ろしいまでの世界の中で
髪をなびかせて歌っていた姿は、祖母や母たちのアラアラまあまあ、という
諦めにも似たようなため息まじりの驚きの声と一緒になって、
暗いバックに浮かび上がるピンク色のイメージで残っている。

昔のヒット曲を聴くと必ず感じることだけれど、
「音」の並びとして聞き覚えてしまっている歌詞の、本来の意味が
初めて分かってしまうあの新鮮さが、改めて昔の大人の世界を
覗けたようでいつも面白い。

あの、全然分からなかった大人たちと同じ側に
今は私も入っているのかと思ったり、
やはりあの時に分からなかった大人たちは今も
並行移動しただけで結局分からない世界にいるのかもしれない、
と思ったりもする。

『TOKIO』の中の「お前」は、くわえ煙草で涙を落とした女性だったのだ。
恋は見せるが勝ちなんだ、俺の全てを見せるからお前の全てを見たいと、
『ストリッパー』の中の男性は必死に訴えていたのだ。

それがどんなことなのか、小学生にはやはり
ちょっと理解の限度を越えていた。
せいぜい、「加えたバコ」って何だろう、と
瞬間的にまだ見ぬ「バコ」の姿を毎回想像する程度のものであった。
バージョンの低いワープロソフトなりに、聞くたび変換しては悩んでいたんだ。

とにかく、自分が小さかった頃の大人たちの意識を振り返って
垣間見ることができる感触は、
襖を5センチだけ開けているスリルのようで、妙にリアルである。

久しぶりに見た歌う沢田研二は、あの頃に比べると
あごの輪郭も声の芯もちょっと丸みを帯びていた。

それよりも何よりも、一番驚いたことは、何やら
とても謙虚な発言をしていたこと。というか、
周りの人々やファンの皆様のおかげでここまで来ました、
長いこと歌わせていただいて、などと口にしている当たり前のその態度が、
小学生の私が観ていた沢田研二というイメージとはちぐはぐなほど
謙虚に感じられたということだ。

私が知っている沢田研二は、毎週登場していた
木曜夜9時からの「ザ・ベストテン」で、体重55キロを維持する、
などと言っては黒柳徹子と久米宏の前で毎回体重計に乗って、
痩せたと喜ぶやら増えたと反省するやら大変で、
オトコのくせにお化粧とかしたりする、
時代の流行りとは全く離れたところでド派手にビジュアル系な、
オトコばなれした人であったし、『勝手にしやがれ』で
レコード大賞を受賞した次の年に2連覇ならず、
最優秀歌唱賞受賞と決まった瞬間に、あちゃー・・・という顔をして、
去年と比べるとやっぱりトロフィーが軽いですね・・・などとまで
堂々と口にしていた、そういう人であった。

その当時西城秀樹が大好きだった私は、
沢田研二がその最優秀歌唱賞でステージに上がってからのコメントで、
大賞候補者の中で「さ」で始まる名前は僕だけですから
「さ」が聞こえた瞬間にあ〜あと思いました、とまで言ったのを聞いて、
西条秀樹も「さ」で始まるのにフン、嫌なやつ、と思った覚えがある。

最優秀歌唱賞という歌唱を誉める名の賞に対して、それも
レコード大賞受賞以後も1年間ヒットし続けたからこそのノミネートであって、
その賞を軽んじて一等賞が欲しかったと口にするその不敵な態度、
トロフィーが軽いだの、我が西条秀樹の存在を無視するだの、
まったくこいつは歌手としてなっとらん、と小学生の私は思ったものだ。

別にだから大嫌いだとかいうような感情の動きがあったほどではなく
黙って心の中でだけじんわりと思って、そのままおとなしく
年越しそばを食べた。

あの時のレコード大賞は誰だったんだか・・・?もう忘れてしまった。

20年経って観るミュージックフェアの沢田研二は、ちゃんと普通の、
こぎれいなおじさんになっていて、なんか、おさまるところにおさまっている
という感じがして、少し寂しいような、なんというか、
張り合いが無いような、不思議な浮遊感に襲われた。
トロフィー軽い発言とかもっとやってていいのに・・とさえ思った。

結局は、沢田研二が丸くなり、その歌詞の意味が私にも分かるように
なるだけの時間が、平等に流れていっただけのことに過ぎない。

ミュージックフェアの最後の曲『時の過ぎゆくままに』を聴きながら、
その歌自体は昔過ぎてあまりリアルタイムでは知らないものなのだけれど、
そんな歌までどさくさついでにあら懐かしいと感じるなどして、
あなたはそうなり、私はこうなったのね、という、会話の無い同窓会のような、
しんみりとした2001年1月の日曜の深夜だった。

 

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