| 腹の中 〜思考試行錯誤〜 |
| 高校全体の同窓会を学年として運営する年が必ず卒業から16年後に回ってくることになっていて、そのために同級生が顔をあわせる機会が増えた時期があり、その後、同窓会本番の大仕事が済んでしばらくしてから、定期的に集まって飲み騒ぐ定例会ができた。 なんの損得も無い、利害も無い、ただ時を同じくして共通の場所に通い共通の授業を受けた経験だけがある者どうしとして、日々の社会的な位置の中で無意識に力を入れている部分をふっと抜いて笑いあえるためだけに集まっている。と、思って私は顔を出している。 もちろん性格も考え方も生業も異種の人間たちが気を許しあうということ自体、それぞれに次元の異なるところでもあろうし、危険性をも含んだ幻想なのかもしれず、おそらくそうなのだろうがそれでもいいと思って集まっているのではないかと自分も含めて感じることがあるし、実際それでいいのだろうと思う。 私は私なりにあまり馴れ合いになりすぎぬよう、意識しているつもりではあるが、皆がわいわいがやがやと好き勝手なことを言い合うのは、その中に入るにせよ聞いているにせよ、ただ単純に楽しいものだ。 でもそれだけではすまないことというのは、やはりある。 さすがにもう既婚者のほうがずいぶん多くなってきた。子供の話になる。子供を虐待する親が多すぎるというような話は一般的な話題としてじゅうぶん私も考えていることではあるけれど、その話しっぷりはすぐに、親として子育ての大変さを知っている自分たちには考えられない、わが子をそんなふうに扱うなんて親として・・・という温度になってゆき、それはまさにそのとおりなのであるが、子を持つ親の言という「聖域」意識をもっての話し方であるからこそ、親でない人間には口をさしはさむことができず、こちらは黙ってごもっともですと聞いているしかない。 やがて話は子供用のテレビ番組の評価に移る。そんな番組があるのだなぁとかそれは一度観たことがあるやつかななどと思いながら聞いている。そんな番組があるなら今度いちど観てみようという話にしたところで、それを観る子供の反応について盛り上がられては、あんたさっきからなんだか静かになってるねと言われても、悪いがもう愛想は使えない。 こんどは子供の体の話をしている。ただの酒の席でのおしゃべりとしてまだがんばって相槌を打ちつつ聞いていた私のある反応に、子を持つ親である数人が同時に「いや、子供の体ってそんなもんよ。」とまじめに教え正すという空気が一瞬流れた。 私は違う意味で楽しく笑おうと反応したつもりだったのだけれど、ああそっちに採られたのかという程度に感じたのと同時に、もし子供がいる人間が同じ反応をしていた場合にも今と同じように採られたのだろうかとも感じ、私が子供のことは知らんだろうから、という前提があったからこそのとっさの空気だったのかもしれないという印象が残った。 それならばこの人たちはさっきからずっと、こちらにはわからない話題と認識しつつ親としての子供の話を続けていたのかと思うと、ほかの話題に関しては除外されている人間がいるのに自分たちだけで延々と話を引っ張るような人たちではないだけに、親としての話というのはそうも特別になにかすこし優位に立ったような物言いや聞かせる態度が許されると勘違いしてしまう要素を持つものなのか、とまたどうしようもなさばかりが降ってきた。 子を持つということが、どうしてこうも自分を特別視させてしまうのか。自分は結婚しているとか、子供がいるとか、産んだとか、ちゃんと育てたとか、そこに自分がそれを選べる環境にあった偶然性や、そうでない選択肢をきちんと選択した人間と比べてどれだけ冷静であったかという認識や、それを口に出すことの役割や影響があることを、どれだけの人が考えているだろう。以前私の母親という人間が私に向かって、産めるもんなら産んでみなさい、と言い放った、あのときの、産んだ対象自体を見下してまでも産んだ身であることを優位に立たせるような、そんな場面まで思い出させるようなその手の意識というのは、何なのか。 この定例会ではいくつかのことが重なり、まだ後味が悪い。 何の涙なのだろうと思う。 おそらくは、これまでにもずっと私につきまとい、一生つきあわなければいけない類の感情が膿のようにまた滲み出してきているのだろう。きっと、死ぬまでこういう感覚に襲われ続けると感じるということは、もう理解しあえるという幻想すら存在し得ないのがこの世なのだと悟って、諦めて、もうこの世界にいてもしょうがないという思いに至る、という過程をたどる自分の姿がわかっているということか。成仏できるということは諦めがつくということか。確かに、諦観の念という言葉はこの世でのそれに近い意識のことだったか。 この感覚は、むしろ自分が中心におかれてしまったときのほうがはっきりと認識できることのようでもある。自分が話題に加わってスムーズに事が流れていっていること自体、こんなことがあってよいのだろうかと感じたり、このままで終わるはずがなく、嫌な目にあう場面が必ず最後に待っているような感覚がわいたりして、意識のどこかで何か少し居心地が悪い。 ある時の定例会の日が私がライブに出演する日と重なったことがあり、私はただその定例会を欠席するだけのつもりだったが、一次会をまず時間をきっちり切って終わらせ、二次会の場として皆が私のライブに来てくれる計画を立てていてくれて、どやどやとやってきてくれたことがあり、それはとんでもなく嬉しいことだったが、なんだかこんなに人が動いてくれていいのだろうかと、それはそれはとても不思議な感覚だった。 そのおよそ一年前、同窓会の仕事を皆でいろいろやっている頃に事故で怪我をしてしまい入院したので、そのことがその仕事のタイミング的にふだん付き合いの無いような人たちまで含めて学年全体に知れることとなり、入れ替わり立ち代り、同級生たちが見舞いにやってきてくれた。 もちろんたいへんありがたいことであった。しかし、皆、文字通り、一様に、骨折してベッドの上にいる人間を、おお生きている、動いている、誰かが最近妊娠したっていってたがお前の入院はそれじゃなかったのか、暇でしかたないだろう、毎日何をしているのだ、そもそも何をしてる時だったのか、通勤途中なら労災がおりるのか、車とどんなふうにぶつかったのか、車はどっちから走ってきたのか、どこを打ったのか、痛かったか、撥ねられたときのことを覚えてるか、手術はどんなだったか、傷はどのへんについているのか、大きい傷なのか、麻酔はどうだったか、保険の担当者は好みのタイプではないのか、加害者の男はどうだ、担当医はどうだ・・・と好き好きに続く。 学年全体に私の入院場所は知られてしまっているわけで、その一人一人が逃げられないベッドのところまで抜き打ちのように入ってきてはなぜか無神経に笑い、なぜか警察のように事故の様子を尋ねる。そこに本当に私自身を心配してくれる気持ちがあるならば、そのような言動はとらず、好きな格好をして忙しく動き回れる自分たちの姿も見せに来ず、ただそっとしておこうという意識には至らなかったのか。 とにかく、こちらは病院のこの場所からは逃げられない、いつこの動けない姿を見物に来られるかもわからない、来れば必ず、車なんかにぶつかってバカなことを、まぁ生きてるね動けてるね、で、どっちから車が走ってきたの、と始まる。その見事に同じ発想の単発攻撃がどれだけの人数分続いていくのかこちらにはわからない。そしてそこに、個人的な興味はまったく無かったと言い切れるのか。見舞いに来てやっている、という意識は無かったか。こちらが内心かき乱された末に来てくれてありがとうと言って終わるのはなぜか。 それゆえ、もうそっとしておいてほしいと伝えてくれないだろうか、と友人の一人に頼んだ。それが結局は、歩けるようになった数ヵ月後にまた同じような顔ぶれが集まったある定例会の場で、あれだけ来るなと騒いでおいて皆に謝らないのか、という意見となった。 もちろん私はそのような反応を予測しても余りある苦痛であったのであの時そっとしておいてほしいと訴えたのであったし、実際に見舞いに来てくれた人たちには形式だけと言われるかもしれないが個人的にお礼を述べた。今さらまたあえてこちらから忘れられているようなことまで掘り返して、治りましたお騒がせしましたと全員にお知らせするのも気が引けたし、謝ること自体おかしいとやはり今も思っている。 忘れてくれている人たちもいるのだろうが、一部のひとにはその根は深いらしく、まだしつこくあれは事故に遭ったのでなく飛び出して自分で事故を起こしただけではないか、と現場を目撃したかのように言ってのける言動が、この定例会でも続いた。そんな言い方をする人というのはたいてい、聞きかじった事故の状況について、運転する立場から見てそんなことを悪いと言われては救われない、と無意識に自己弁護しているのだと思うが、あんなに細い道をあんなスピードで走るような運転をするはずはないと思われるような人までが何を無意識に自分が起こしたわけでもない罪をかばって私を悪く言うのかが、不思議でしかたない。 同じように運転する身として私にも非があると感じている人たちが他にもいるにせよ、腹の中でどう思っているかでなくそれを本人の前でどう出すかが私にはひっかかるところなのであり、他人が加害者でしかも被害者も他人であるだけの事故に口をはさんでくる人間も、子供ってそういうもんよ、と一方的に教えにやってくる人間も、なぜそのようでい続けられるのか、言われっぱなしの私には謎で、がっかり感はそそられる一方だがこの腹の中では今のところまだ理解することはできていない。 2003.12.12 |