| 刷り込み--IMPRINTING--
〜思考試行錯誤〜 |
| 人間とは、高等動物であるなどといったところで、結局はとてもとても単純な生物であるといつも思う。結局、幼い頃に置かれていた環境がすべてだといっても過言ではなかろう。 鳥の雛が始めに目にしたものを母親だと認識するIMPRINTING−刷り込み−とかいう行動をわざわざ教科書で覚えたりしている我々も、結局は刷り込まれた通りに動いているだけだ。どうにも抜け出せない。 近所の猫が私の部屋についてきたので、煮干し用のいりこをやったところ、鼻を近づけて匂いを嗅ぎはするものの、口に入れてもうまく噛めずに、ぽろりと落としてしまう。その距離で初めて全体像がはっきり見えるらしく、その姿にびくっとして及び腰になって、食べられない。 拾って鼻先まで持っていってやると、また匂いを嗅いでは口に入れて、また落とすという繰り返し。そのおでぶは、飼い主さんによると、小さい頃から通称カリカリ、つまりキャットフードで育てられたという。笑い話ではあるが、人間も結局そんなもんだと思う。 親がよしとしたものだけが、よしとされる。それは、絶対的な価値であった。疑問を抱こうが窮屈であろうが、それとは全く別の次元においての絶対的な価値であった。 テレビの娯楽番組を観ている。父の定位置は、常にテレビの正面であった。他の人間はその他の場所に適当に座る。こたつであったか夏のお膳であったか忘れたが、その四角い台の父の両横の面に座っていた私と弟は向かい合った形で、それぞれ横からテレビを観ている。 テレビの中で誰かがおどけてみせる。観客がどわっと笑う。同時に観ているこちらにも笑いたい衝動が起こる。でも観客と同じタイミングでは笑い声は立てない。顔を右に向けてテレビを見ていた私は、まず出てきた瞬間的な笑いを喉元まででキープしたまま顔を左に向けて、正座している父の顔を見上げる。テレビを真正面に観ている父がフフッと笑う。そしたら私も笑う。同じ行程を私の向かいで弟もミラーイメージでやっている。 またテレビの人がおどける。観客が笑う。私と弟は笑いたいので同時に父の顔を見る。父が表情を変えずに、「しかともなか。(くだらない。)」と吐き捨てる。今回は笑えない。父と同様笑うことはせず、また次に笑える場面をうかがう。 おそらく、弟は覚えていないだろう。親ももちろん、意識はなかったことだろう。でも弟も私も確実に、うちの中に父の価値判断が絶対的に横たわっていることを感じ取っていた。 父が「しかともなか」と言い捨てたものは、どうにも、うちの中で価値を再認識されることはなかったし、そこに価値を見出そうものなら、その私までが「しかともなか」人間として、「ひととしてまだまだだ」という減点ポイントを増やすことにしかならなかった。 どこで何をやるにも、そういう父親の陰があった。それはかなり、視覚的にもはっきりとしたイメージで、少し離れたところにきっちりと父の黒ぶちの眼鏡をかけた顔が浮かんでいるような絵であって、常に常に、何をやっても、それはつきまとった。 それも、親に喜ばれようとするための意識ではなく、親が気に入らないことをした場合にはまたあの恨めしい小言のような説教のような決まり言葉を延々と聞かされる言語道断の時間が大量に流れていくという、その嫌悪感をなるべく避けたいという、非常に消極的な警戒心からの発想であった。 人と人との相性とは、本当に化学反応のようなものだ。それは親子でも同じこと。親子だからこそ、その化学反応は一段と激しくなるのかもしれない。うちの親が極悪人であるとは思わない。弟とはうまくいっていたと思う。しかし、あの性格と私の性格が合わさると、それは常に軋み合った。 それは、大切なところで突き抜けられない私の特質ともなった。 長いことエレクトーンのレッスンに通っていたが、上手なんだけど今一つ気分的にノリきれない、盛り上がりに欠ける、というのがサチヨチャンの弾き方だった。 最近、私の歌についての何人かのアドバイスで、同じことを指摘された。はたと気がついた。 切り捨てたようで結局は切れていなかったのだ。 そんなものだ。終わってみなければ終わっていなかったことは分からない。 だからこそ、私は自分の本名で歌うのだ。いわゆるゲーメーを使っている人というのは割と多い。でも私は、他の名前で歌って吹っ切れても、あまり嬉しくない。坪内佐智世で鬱積してきたものは坪内佐智世で晴らさなければいけない。感情を自由にコントロールできて、吐き出す時には瞬発力で全部吐き出す、そういうことができるようになった時、初めて小さい時の鬱積から解放されるのだろう。そして多分、できると思う。 今そんな場所に立っているのだと思った。 ゆうべ、ニュース23の「幸福論」で玉置浩二が新曲のビデオをつくるのに、今年34歳になる人たちに限定して、それぞれが一番大切だと思うものを持ってきてくれるよう呼びかけた、という話があった。なぜ34歳なのか。ある程度生活環境も落ち着いてくるこの時期に自分のこれからの人生について悩み、考え、がんばり、乗り越えることで、それがとても大きな転機となっていく、現にその頃に見据えていた方向というものが、今42歳の玉置浩二自身に繋がっているという実感があるからだというようなことを言っていたと思う。 なるほど今年私も34歳になる。ぼんやりと同じようなことを感じていた。例えば5年前、あるいはもっと前になるとなおさらのこと、その段階で苦しいことも、嬉しいことも、それはその時の苦しさであり嬉しさであって、それ以外のものではなかった。目の前のことしかなかった。数年後に自分がどんなことで本当に苦しみ喜んでいるか、まだ全然見えなかった。 でも最近は、今感じている基準は今後しばらくは変わらないだろう、というぼんやりとした見通しがある。霧が晴れてきて少しだけ水平線が見えてきたようなところにいる。単なる個人的な展開だと思って大して人に話すことすらもなかったが、時期的なものだという考え方を耳にすると、なるほどそんなものかもしれない、という気分にもなってきた。 皆いろんなルートを辿って、結果、同じ峠に辿り着くようになっているのかもしれない。この峠に辿り着くには、とりあえず、似たような時間がかかるのだ。あるいは、人とは違う自分なりのルートを辿っても、ある程度似たような意識に至ることができるのだ。でも自分の足で歩いてきた者でなければ、辿り着けなかったはずの峠であろう。 とするならば、最近私がいろんな本を読もうとし始めたのも、クラッシック音楽を始めとするあまり馴染みの無かったジャンルの音楽も聴きたいと思って聴き始めたのも、ただの偶然ではないのかもしれない。 小学校の頃には、個人個人で持っている図書の貸し出しカードの欄がいっぱいになってよく新しいカードに突入しては、ツボウチサンはよく本を読む、とみんなの前で誉められたりしてしまうような、そんなタイプだった私が、いつからかぱったりと本を避けて通るようになっていた。 歌を作りたいという意識が先走り過ぎて、文章を追っている時間がもどかしかった。それに、大して自分が無い頃に何か形ばっかり作り上げようとして意識している状況にあって、既に作品としてできあがってしまっているもののオーラは強すぎて、引っ張っていかれてしまいそうで、執拗に避けていたのだった。 クラッシック音楽にしても同様である。メロディはきれいであっても、聞き覚えのありすぎる斬新さの無い進行であって、そのリズムの刻み方も楽器の音色も、さして私の興味が引きつけられるものではなかった。 でも最近は、とても自然に、ああいろんな人たちの書いた文章を読みたい、と思い、聴いたことがあるはずの昔から親しまれたメロディの中に普遍的な新しさを発見できるようになってきた不思議さによく出会う。 これも人生においての時期であるならば、越えてきた冬もまた一興、としてもよい。 |