2000年9月放送のNHK『クリエイティブとは
何か』という番組で初めて、幻冬舎の
社長兼編集長・見城徹さんを知った。
糸井重里との対談形式だったが、とにかく
二人して、切ながるのだった。
嬉しかった。
なんという大人たちだろうと思った。
=1.見城さんを抱きしめる=
思えばずーーーっと、小さい頃には小さい頃の、大きくなってからは大きくなってからの、その時その時のやりきれなさ、切なさに付きまとわれている。
けれど、このどうしようもない感情はあまりに
も、私の世界が始まったすぐから存在していた
ものだったので、それを意識的にとりあげて、
嗚呼切なきかな・・・と口にするのは、個人的な
こと過ぎてどこかいけないことのような、
あるいは言っても始まらなさ過ぎるので
迷惑なような、そんな諦めの気持ちもあって、
多分ほうっておいた。その諦め自体、
認識できていなかったような気もする。
けれども、この対談での見城さんは、「切ない」
「切ない」「ずーっと切ないんですよ」と
おっしゃるし、「その”切なさ”から自分を”救う”
ものは・・・」という、実は私が最も求めている
状況を表す言葉もほんっとうによく使って
いらしたし、「恋愛」というのを”全て”ではなく、
淡々と、「茫漠たる切なさに埋もれてしまい
そうな自分を救って楽にしてくれる有効な
”手段”」としていらして、そういう、見城さんの
言葉とそれを放つ態度の一つ一つが、おお、
わたくしも本当はそのように言いたかったので
ございます、と抱きしめたくなるようなものたち
ばかりであったわけだ。
もう、おおっ・・・!おおっっ・・・!
・・・ってかんじ。
私は私で色々ずーっと仕方なく考えつづけて
きて、前には言えなかったけど今になって
確信を持ってやっと言えるようになってきている
ことというのは多いし、高校2年の頃急に、
最近小さい頃には表現できなかった感情が
表現できるようになってきたなあ、と明確に
感じたりもしたし、多分、ぼーっと息をしている
だけのようで、けっこう脳みそ自体も働いて
いるのかも。と思えるようなことというのは、
ある。
けれど、切なかった、やりきれなかった、とまで
は、まだ今になってもはっきり言えてなかった。
多分、個人的な感情にすぎないのだろうから、
と判断してしまうにとどめていて、はっきり
言ってもいいことなんじゃないか、と考えるには
至っていなかったんだと思う。
だから、私よりも長い時間、考えるという行為を
してくださっていた見城さんの言葉は、
もんのすごく有効な近道を教えられたような、
これぞ要点まとめた参考書!といえるものの
ような、ありがたいありがたい、抱きしめたく
なるほどの存在となったのだった。
それはもう、一気に。
|