| 追い山のあと 〜思考試行錯誤〜 |
| 博多祇園山笠の最終日・追い山が終わった7月15日朝から、気分は完全に夏モードとなる。 多少、梅雨明けが前後しようとも、追い山が終わったら、夏である。 暑さも眩しさも、すんなり受け入れることができるようになる。 だって夏やけんねえ、って感じで。 あの、夜明けに最高潮に達した空気は 太鼓の音によって一気に博多じゅうに流れ出し、 すべてを完全にその中に呑み込む。 縦横無尽に駆け巡る山に浴びせられ続けた勢い水と、 山のかき手たちの汗と彼らが起こした風とで、 道という道が濡れて光り、博多じゅうがもわっと湿ってうごめく朝に満たされる頃にはもう、味気なくしらけた車が出勤を始めており、 こっちは眠気を思い出し、ふらりふらりと名残の町の中をゆく。 走り終えた山がもういったん鎮まって、 また各々の町まで帰っていくためにさっきまでの全身全霊の力よりもワントーン落とした声でしかし依然とても滑らかにまだ勢いを残しながら滑ってゆく姿を、 もう、少し遠い感覚で見やる。 いつも感じる、親近感と疎外感。 追い山がなければ梅雨が明けないと感じる真実と、 空襲で焼け出されて帰りたくても帰りようがなかった博多で蘇ったこの祭りで もう二度と山をかくことはなかったじいちゃんは 毎年さぞ歯痒くもどかしい思いでいたことだろう、と毎年思うこの感覚。 博多という町のほんの少し外側にある場所で生まれて育ったにも関わらず、 その場所のことをここは「よそ」だと聞かされつづけ、 ここの言葉に染まってはいけないと言われつづけ、 しかし博多の中に帰る場所は無く、しかし博多の人と話せば確かに、 ああ、あんた博多の人たい、と言われる。 いつも感じるこの浮遊感の中、 とにかくまた夏が来た。 2002.7.19 |