| プロフェッショナル
〜思考試行錯誤〜 |
テレビを見ていたら、プロフェッショナルな左官さんが仕事をしていた。 頼まれた仕事に決して妥協せず すべて費用も自分もちでやり直す姿勢を見ていたら 何かとても久しぶりな当たり前さがあって、 しかも私は実はそういう姿以外に考えられないほどに そういう姿をこそ当たり前だと感じているのだということを改めて認識して ああ、そうか、と思った。 ほんとうに単にあれは当たり前の職人の姿で、 妥協しないことをカリスマ的だの、プロフェッショナルな、いわば テレビ番組で取材されるに値するだけの特別な行動のように 描いてはいたけれど、まあ描いていることは別にそれでいいのだけれど、 本当にあれは繰り返すしかないけれど職人として当たり前な姿であって、 職人ならば皆そうしているはずの姿なのであって、 本来ならば職人だけでなくサラリーマンにも当たり前なはずの姿なのであって、 そういう人種があまりに少なくなってきたのであんなふうに 新鮮に描かれているに過ぎないのだった。 番組の始めから終わりまで、その人は「やり直そう」「やり直し」という言葉を繰り返していて、 番組の始めから終わりまで、私の父が使うのと同じ言葉だと思って見た。 それはそれはその人の指示のもとに動いている人たちがうんざりするほどに頑なにやり直す。 洋裁をする父も一針一針おなじように向き合っていたし 客相手の商品を作っているわけでもない私の縫い間違いにさえ 素人にはそんな手前からやり直さなくてもいいだろうにと思えるようなところまでミシン目を解けとか 全部やり直せ、とかいう指示を出してばかりだったし 商品の仕上げともなれば夜中を過ぎようと前の晩から寝ていまいと それはそれは広いスカートの裾を丁寧に丁寧にまつり続け、 そんな見えないところにそこまで手間をかけなくても、と いらいらして手伝おうかと申し出る母にも決して手を触れさせなかった。 百貨店のオーダーより安く受けるというのを売りにしていた以上 そう簡単に値段は上げられないと、街の百貨店の 言ってしまえばいいかげんな機械しごとの大量生産の製品とは比較にならない きっちりとした手仕事の服でありながら大した料金をとることもなく 私は実際の額面を聞いたことはなかったけれども それは大きい数字であるはずはないことはわかったし それをどこまでお客さんたちがありがたく感じてくださっていたかも分からないことだけれど それは、でもやっぱり父は職人として 最後の一針まで乱すわけにはいかなかったのだろうし たった今の眠たさや煩わしさと 客の手に渡ってしまった後にその一針の乱れが残ってしまうこととを天秤にかければ どうしても後者の方が重いものとして心にひっかかってしまうものなのだろうと、 私はきっとそういうものなのだろうと、感じていた。 そういう環境にいたからそう感じるようになったのかもしれないし もうすこし言ってしまえば、そういうオノレだから そういうことが当たり前とされるような環境に生まれたのかもしれない。 そんな割の合わない仕事のわりに、 エレクトーンだのピアノだのと金のかかることを続けさせてもらったし そこに限界もあったし 一すじに通い続けた個人教室の心無い講師が 上達の程度に見合った楽器に買いかえてもらえない私に 金はあるところにはあるねぇ、とたっぷりの嫌味をこめて言ったあの部屋の光景は今も忘れないし トリノの金メダルで騒いでいるスケートを見ていても 経済的に大変な時期があったとはいえ 節約しさえすればここまで続けさせることができるぐらいに サラリーマン家庭というのはやっぱりお金がもらえているのだなと 発想する思考回路が出来上がってしまっているし、 とにかく金の亡者になっていてもおかしくないほどの屈辱感はたっぷり感じてきたけれど べつにそっちの方向には進むことなく、 むしろやっぱり世の中金ではないと考える方向に進んだ自分の価値観の基準には やっぱり職人がいるのだと思う。 儲けのためにやっているのではない。 もちろん金は稼がなければきれいごとだけで生きてはいけないけれど それだけで生きているのではない。 でもそれは自分の世界の中だけの満足のためでもない。 喜んでもらえることが、きっちりと評価してもらえることが、 ほとんどばかばかしいほどに栄養になってしまう。 きっと人種としてそうなのだとしか解釈のしようが無いほどに。 いま日々の仕事の中で虚脱感を感じる根源は 私が月給をもらう社会にいるからなのかもしれない。 研究だの教育だのという職種は、受け取る糧の形態としては月給でも それはありがたくクイブチを保証してもらっているだけで 時間のかけ方も念の入れようも全くの職人的進みかただと認識していたはずなのだが、 実際に月給をもらえるようになってみると 「給料のうち」とはいえあまりに割り切って動かざるを得ないことが多かったり 明らかに給料をとっているだけとしか見えない人種がすぐ側で生きている世界であることを 思い知らされたり といったことが多すぎる。 その世界でしかやれないこともあり、 また食べていかなければならない現実もあり 今わたしはそこにいるけれど 私の本質はやっぱり職人なのだと思った。 ただ、ひとに喜んでもらえることや良い評価をもらえることを自分の栄養にすることと ひとに評価してもらえなければ自分自身をも世界の中の低いところに位置づけてしまうこととは 本当は全然別のことなのだけれど 父は、しっかりした仕事をするからある大学の被服科で講師をしてほしいと舞い込んだ話が 自分が大学を出ていないという履歴のおかげで立ち消えになったことを 私達が学歴を持っていなければ人生で損をするというリクツにつなげて力説していて 職人としての魂をあまり自覚しないままに 自らを履歴書の一行分の価値より下に置いてしまっていたところがあったが、 そんなことを私が口にしたところでそれはまた 勉強ばかりしているおかげで理屈ばかり言うようになったと押さえ込まれてしまうだけなので また始まったと思うだけで黙って説教が終わるまで待っているのが常であった。 けれど私としては、 母の妹達の家庭が大学教授の家庭であろうと大会社のサラリーマン家庭であろうと 稼ぎが云々だのアタマがどうだのなどと言わずに 定時制中学に行きながら勤め、 戦争から戻って高度成長期にすっぱり勤めをやめて 自分の時間を有意義に使いながら極めた手仕事できちんと生計を立てていたことに もっと誇りを持っていてほしかった。 今も私は、なんにもならないようなものをカタカタと縫うだけでも 時間も無いのに眠いのに結局は縫い始めと縫い終わりの糸の始末をきっちりしてしまうし 既製服のボタンを付け直すだけでもやっぱり結局最後の玉止めが隠れるように 見えないところに糸を引き抜いてきっちり処理するので 始めから着いていた他のボタンよりよっぽどきれいにかちっと固定され、 もっと早く全部付け替えればよかったといつも思う。 「給料」のおかげで学生の頃に比べればよい服を買えるけれど いつも縫い目を見てしまうし、この程度でこの値段か、といまだによく思う。 履歴書の一行一行は、 書き足すこともできないけれど消すこともできず、 それは価値を見出さない人間には煩わしくもあるわけで 同じ職種を鼻にかけるタイプの人間には内心反吐を吐いて見下しているのだけれど、 そんなことは苦労を知らない未熟な人間の言うきれいごとであり理想論だとまた言われてしまうという 思考回路が親によって組み込まれたことも事実であり、 だからこそ人と話す場面ではなるべく履歴を言わずに済むものなら済ませたいと思う 非常に非健康的な意識を持つに至って久しい。 私の中に職人の基準があるからだ、という簡潔な説明は 私自身の中ではかなりのことに対して解釈が成り立つだけのリアリティを持つが、 それは今現在の私が身を置いている状況からは何の説得力も無く、 私自身は細部にいたるまで親の常識を良くも悪くもそのまま受け継いでいると感じ続けているものの 当の親からはあんたは常識の逆だ、だの、親に恥をかかせて、だのと言われ続けていた以上 親が職人ですからという理由も成り立たないようで、 まったくつくづく何ひとつ理解を得られぬ超少数派であることを改めて痛感する。 時に勝手に負け犬呼ばわりして鼻で笑われ、 時に勝手にお高くとまっていいご身分だと突き上げられ、 真面目に誠実に生きてきた意識しかない本人としては ただただそんなシケた価値観など何も無い世界を妄想し、 そんな世界は自分の心の中にしか存在していないのだったと時々思い出す。 そして絶望感やら虚脱感やらが続くとつまりは 誰とも交わらない独りの世界が もっとも安らぐ場所だということになってしまう。 テレビはもうおはようございますと言っている。 あの夜明けのJR渋谷駅が映っている。 あの必死で歌い終わったあとに皆で歩いたときと同じ 人がいなくてだだっ広い渋谷駅前の灯だ。 2006.3.8 |