一穿の夢

〜思考試行錯誤〜

 

 Gパンを穿いたまま、眠ってしまった。

寝た時間が長かったわりには、寝た気がしない。寝た気がしなかったから、体がいつまでも寝ていたがっていたのかもしれない。とにかく、いろんな夢を見ていたようだ。

その中に、なぜか一生見続けることになるような気のする、いわばシリーズものの夢の一つが含まれていた。
高校の校舎の中をずっと歩いている夢だ。
この夢は、なぜかしばしば登場する。

 私の通った高校の校舎は、私にとって迷路的だった。校舎に入って行くにはそもそも、半地下へくだらなければならない。

下っていって校舎内に入ったあとで、倉庫の中の油ぞうきんの匂いが混じったひんやりとした空気の中、階段を昇っていくと、教室のある棟の1階の廊下に出る。

正門から見える正面の部分には校長室だの講堂だのがあったが、そんな正面玄関に来賓の方々などが着くためには、今度は半階分、昇っていく必要があった。

半階分ずれているので、講堂への入り口は、教棟側の上の階と下の階との中間の、階段の踊り場にあたる場所にあった。くねくねと、なんとなく、いつもどこへ行くにもくねくねと、昇ったり降りたりしながら歩いていたイメージだけがある。

 迷路的であってもそれなりに、通っていた3年間の方がなんとなくその厄介さは回避した気になっているものだ。自分の教室から講堂だの体育館だの音楽室だの向こうの校舎だのに行く道順なんていつのまにか覚えている。それに、たいていの場合は誰かと一緒だったりもする。ぺちゃくちゃおしゃべりしながら、無意識に歩いている。

 けれど、その迷路的な廊下たちは、私の意識の中で真に迷路的だったのだろう。卒業してからその意識下の意識は、明らかになってきた。

何かの外に出て分かることというのは多い。むしろ、全ては何かの枠の外に出て眺めてみて初めて、確信できるものなのかもしれない。終わった時に初めて、それまでは終わっていなかったのだと知る。忘れてしまっていた自分に気づいて初めて、大したことではなかったのだと悟る。卒業して迷路の夢を見るようになってから初めて、いつも迷路っぽいと感じていたのだと認識できる。

 しばしば夢に現れる高校の校舎はいつも、とにかく迷路なのだ。そしていつも、校舎の中の目的地、例えばある教室だったり、職員室だったりの、その目的地への道のりが、知らない教室の横の廊下を通り、あるいは古ぼけた汚らしい狭い通路をくぐり、或いは朽ち果てたような建物の一部に梯子をかけて越えて行くしかないよと用務員のおじさんから言われてしまったりと、本当に難解なパズルの中に入ってしまったかのようで、一人でとんでもなくおびえつつ、でもそれが特別な不快感といえるほどの実感は伴わず、ただ目を見開いて、無我夢中でなんとかしようと進んでいく夢ばかりなのだ。

今朝の夢も、その類にもれず、同じ性質のものであった。

 目が覚めたお昼近い午前中は、どっと疲れている。現実じゃなくてよかった。嬉しい。・・・・さまよっている最中は大変だった、終わってよかった、ほっとした、という感覚もやはり、夢という枠の外に出て初めて分かるものでもある。

いつか、唯一の現実の中からその外に出たとき−−−必死で目を見開いて生きているつもりの今現在の枠の内側から、外側の死の方に移り出た瞬間−−−、どんなふうな感覚がやってくるのだろう。やはりああ終わってよかった、と、思うのだろうか。

そして、ああGパン穿いたままだったなあ、と思い、寝苦しい時に見る夢をまた見てしまった、時々夢に出てくるこの誰かの人生シリーズは一体なんなんだろう、とアタマを掻いている別人の遅い朝が始まるのかもしれない。

 

 

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