








そろそろ歌い始める生活日記
2006年2月〜5月
3月の宴会の写真を送ってもらって、

このホームページでも使わせてもらった。
それをまんまと編集したページは既にUP済み。
(→「ザ・藤先生おつかれさまでした宴会」のページへ。
画像が多いので焦らないでね(汗))
記憶も写真も人に預けきって飲むあたくし、届けてもらった写真は
こんなCD-Rに焼かれていました。
てゆうか、こんなに肩こりさん使用の
貼り薬、塗り薬
まで同封してくれていました。
・・・・ありがとう、医者。
吐き気止めから肩こり治療まで、感謝よ★
・・・・・・して、貼り薬、塗り薬といえば・・・・・、
思い出すあの、九大病院でもらい続けた薬の
外袋に印字された超悲しくなる日本語たち・・・。
(→「薬の袋〜思考試行錯誤〜」)
ところがその記憶をもって身構えつつ
使用方法を見てみたら、なんと今度は
丁寧ていねい、丁寧すぎるったらありゃしない。
まんべんなくうすく・・・。
ヌリヒロゲル・・・・
痛いところと、その周辺にね。
はいっ、了解!
あ〜〜〜なるほどね。
目安と呼ぶには詳細すぎるこの執拗なまでの長さ説明。(愛)
そしてこの
手を差し伸べたくなる痛そうなマーク★
共感も呼ぶボルタレン姿勢。
隅々まで、作った人たちの
愛情が感じられるボルタレン。
ありがとうボルタレン。
「体に塗ってください。」とは
大違いだわ。
↑この測り方以外にあるかね?
そういう写真を送ってもらえて作っていた宴会報告ページ。
参加者、出資協力者たちにお伝えする会計報告ならびに宴会写真バリエーションの一つとして
私個人の偏った編集であることをお断りした上でここの宴会報告ページもお知らせしといた。
そこからさかのぼって色々見てくれた人たちから、あなたはミュージシャンだったのですね、とか
「展望無くあがいている自分」と比べてみてくれたり、ライブの予定見たら今やってないじゃないか!
忙しいだろけどやれ、とか、いくつか予期せぬメールが届いた。ほー。
忙しかったからやってなかったというわけではないけど、このごろはそろそろ
うなだれきていた首をもたげるエネルギーが声を出す角度まで来た。
展望無くとかあがいているとかは、皆いっしょだ。たぶん。
そういうメールをくれた大○クンとかも、きっと他の人から見たらバリッと仕事こなして
後輩から羨ましがられたりとかしているはずでなぁ。
さっ、また水面下でバタバタバタ足してましょ、みんなそれぞれに。
展望ありまくりだの焦りも無いだのとぬかす人間は、多分あたしのテリトリー外の動物だ。
最近はチューリップが好きでしょうがないんだな〜。
デザイン的にも。
今さらこんな幼稚で単純な花・・・・といわれるけれど、
そういうもんを好きになるまでにも、
そらー色々あらーね。
そしてそういう花が好きになっている自分が、良い。
グー。
街中のビルの中のディスプレイを撮りまくる自分が
また、グー。
まぁ仕事でめんどくさい団体移動なども
あるのだけど、
行った先にこんなんいました。
久しぶりにフカフカ猫をももぐった。
行ってよかった★
(註:ももぐる=さわりまくる、まさぐる)
もう、「ももぐる」と言うとほんっとに
直感に訴えてくる、一方的な愛情で
相手の迷惑おかまいなし、という感じ。
これは・・・・職場(汗)。
会議で座った大教室の席で脱力。
また、うなだれたわぃ(怒)
そしてJR教育大前駅までたどり着けば、
新たな脱力が襲いかかる。
ホーム内に以前からある近隣の案内図。
近くの神社を紹介するのに神主さん先頭に
お祭りやっている人たちの行列の絵が・・・・
電車を待つ間ナニゲに見てたら、
無理がありすぎて納得できない箇所発見。
あーねー ・・・・・。
特別に何かのきっかけがあったというわけでもなく
般若心経、意味を感じながら声に出してみるとかなり自分への言い聞かせになるな、
と思っているほんのこのごろ。
また肩の力を抜いてガス抜きもして、回りとの距離のとり方も考え直して
深呼吸しなおさなければいけない時期になったようだと、思ってはいた。
時々訪れるこういう感覚。でも同じところを低迷しているのとは多分すこし違う。
ほとんどのイライラは、私がイライラするべきことではない。
とらわれると過去か近い未来にとらわれ過ぎて、現実を生きられなくなる。
ゆえに捨ておく。
現実を呼吸し、現実を味わう。するとイライラがイライラではなくなる。
歌に意識も向いてきた。
連休の頃に、友達が自分の部屋を掃除したらそれまではあって当たり前だと思って
長いこと持っていたいろんな物が急に必要なく見えてきて、ものすごい量を捨てた、
と言っていた。
ものすごく分かるその感じ。
私も似たような動きをしつつ、なんとなくまだ残している7年ぐらい前の日記を急に読んだ。
ライブをやり始めた頃の、うまくいかなくて悔しくて悔しくてしかたなかったところとか。
忘れていたことではなかったけれど、改めて今目にして良かった。
コンサートの時にASKAが言っていたことのメモもあった。
「群れ」という歌について「あれは自分達のことを言ってるのか」などと
聞いてくる輩が多いけれど歌は現実を生々しく表すものではない、というようなこと。
現実とそうでないところを行ったり来たりしながら別のところに落ち着いて行くのが歌なんだ、
というようなことと、
でも私はそんな良質の歌を聴いて自分の栄養としているのだから
私から出てくる歌はかなり現実の部分なのだ、っていうようなことも書いていた。
今読んでもそのとおり。
1年前の3月21日の地震の傷。
これ↑実はチャゲあすのキャラクターグッズ。
ASKAが、レコーディングのスタジオなどですぐマグを落としたりしてしまう、なので
ちょっとやそっとじゃ割れないような丈夫なマグを、という発想で作られていて、
買って以来しっかり使い込んで愛情もしみこんでいるマグ。
(「い〜な〜、ミュージシャンがカップ作って喜ばれて。」と
博多のとあるミュージシャンに言われたことがあるけど。
よかろ〜?といったところかな。)
なのにヤラれてしまった悲しさ。
ま、でも持ちこたえたのだな。
傷もってまだしっかり働いて、あたしのようだわ。
傷は治るものだと思っていたけれど、
結局傷は傷として、傷のままゆく。
2006.5.20








駅つながりで、あるとき仕事帰りに行ってみた湯布院の、駅の記憶へ・・・・
この駅正面、目線を下げると。。。
敢えて「専用」と書かれているのは、
混浴も平気な温泉地だからか?
しかも男子トイレまでは35Mも・・・!
その矢印をたどると、確かに女子トイレ。
知らぬ間に10Mも進んだのか。男子トイレまで25M。
しかも札2つも・・・そんなに言い聞かせないといけないのか。
男子トイレはあっちです、ここは女子専用です、と。

そこまで隔離しないといけないような
何か悪いことでもしたのかなー男子。
ほとぼりさめるまでね。
やっぱり金鱗湖の朝霧は
幽玄にうつろっておりましたが、

こういう景色だけでなく、どうして日本人は、

何を見ても

お賽銭投げ入れてしまうの?
観光客用のいかにも外部資本の店の入り口で
売り物のブロンズ猫¥38,000が持ってる皿にまで。
素直な信仰心が残っているってかな。。。
金鱗湖近くの祠の側、
こんなところにも神様が宿っていらっしゃる。
何気なく撮ったのだけれど、
今改めて観れば、
本当に何かいらっしゃるような。
確かに、何か在る。どなたかは、いらっしゃる。
あるところに。そして、そこかしこに。
すべてをそれで片付け始めて独りよがりで自分を慰めるようにだけはなっちゃいかんが。
『生きて死ぬ智慧』(著:柳沢桂子・堀文子、小学館、2004年)

心訳「般若心経」・・・小学校3年のときだったか、祖父が死んでお通夜のとき
般若心経っていうもんがあることを発見した。
だいたい、普通の冊子かとおもうとびらーっとアコーディオン状に開くし、
中は漢字ばっかり並ぶ横に、抱腹絶倒モノのひらがながでたらめのように並べられていて・・・
かんじーざいぼーさー?
しかもたどっていくと、聞き覚えのあるフレーズが。
こーとくあーのくたーらーさんみゃくさんぼーだい・・・・
たしか、レインボーマンだったか?仮面ライダーを筆頭に百花繚乱であったヒーローキャラの一つで
変身するときに座禅組んでこの文句を唱えて?たしか
いったんサナギマンになってからやっと闘える態勢に到達するんだったと思うのだけど、
なんか他のキャラと混同してしまってるとこがあるかもしれないけれど
とにかく変身の時のフレーズとしてお馴染みではあった。
というわけで益々興味深い。
それはそれは、私の人生において、百人一首と並ぶ
わけのわからん言葉の響きで遊べるおもちゃとしての2大発見だった。
今思っても他にあれほど面白くてしょうがなかったおもちゃは無い。
どちらも、祖父母の仏壇とその下の引き出しからの掘り出し物であった。
百人一首もきれいなお姫様の札のひらがなを追っていくとハラホレハレという無秩序な響きで満たされていたし。
イニシヘノナラノミヤコノヤヘサクラケフココノヘニニホヒヌルカナ
伊勢大輔のこの歌は、私の後のオハコとなった。
札をめくってもめくっても、声に出して読むたびに新鮮に100回笑えるのが百人一首であった。
その強豪と並び立つ般若心経。
しかもそれは「唱えてあげれば唱えてあげるほど、ホトケ様が喜ぶ」というシロモノ。
お通夜という特別なイベントのその夜、
夜中を過ぎても寝なさいとも言われないし、この響きをどれだけ楽しんでも
いや楽しむほどに、じいちゃんがよろこびござろう、などと言ってもらえるし。なんとすばらしい。
従姉妹たちと3人、交代で賑やかに飾られた祭壇の前に座っては
私が持っていた緑色の表紙のノートに鉛筆で般若心経を書き写しては声に出して読み、また書き写し、
あっという間に難しい音も漢字も空で暗記して、どんどんどんどん楽し、いや、
供養を続けた夜だった。
おかげで、今に至るまで意味は分からないなりにも
般若心経の音の響きだけはまだ覚えているところがたくさんあった。
やっと今ごろになって意味を読んでみれば、なんとまぁこれは、
心が軽くなる場所そのもののように感じられる。
悩みぬき探しつくした大昔の
しかし我々となんら変わらぬ先人たちがやっと手にしたのであろう境地が
簡潔に、しかし、繰り返し繰り返し
子供に諭すかのように言い換え言い換え述べられた、
言葉が美しく並べられた場所そのものであった。
一つ一つがぷりぷりっとしたエビのような歯ごたえの、心地よい言葉の塊であった。

最後の文句は、訳さないことになっているらしい。
キリスト教の文句の中でもそのままラテン語を残しているのとおんなじようなことだとか。
その響き自体に呪力のようなものがあるというところは、やはり全てに通ずる。
だって始めに言葉があったわけだから。
言葉は神と共にあったわけだから。
言葉は命であったわけだから。
言葉は心を越えない♪のだけれど、そのもどかしさは常にあるのだけれど
しかしココロとはコロコロ変わるから是ココロと呼ばれておるのであるそうで、
だからこそ言葉がココロをリードして、その響きで導いてやることもできるものなのだ。
このぎゃーてーぎゃーてーって始まる部分の響きは、小さい頃から、なんかワケわからんのに
はい、今まで言ってきたことをそろそろまとめますよ終わりますよいいですね
はいアタマん中全部整えて深呼吸してねー、・・・は〜い終了・・・・・
と言われているようだったのだ。
行く者よ(往ける者よ)、彼岸に完全に行く者よ、悟りよ、幸あれ
というような意味らしいけれど、つまりはこれらは仏達の聖句で、
全体の構成の中では
「以上が智慧の完成を学ぶ道である。ここに、般若心経を終わる。」
(『般若心経の本』(GAKKEN、1997年))って言ってる役目のところらしい。
まんざら、般若心経と遊んでいたあたし、意味わかってないわけでもなかったのかもしれん。