歌わない生活日記 2005年9月頃〜2006年2月編

  2005年10月終わり頃から歌うの一時休止。
  日々の生活を送っているという自覚が希薄に・・・・。
  
  いやいや、ちゃんと生活してるのだと自覚するため、
  たまってってた名場面の写真を並べてみた。
 

なぜ尋ねるのだ?

開封直前まで思いとどまらせる
この責任感。

おさけは20歳になってから。
いいんですね?
わたしはおさけですよ?
たかがチューハイだけど、ちゃんと
アルコール入ってるんですよ?
開けるんですね?
ほんとに開けるんですね?
あなたは20歳になってるんですね?
自己責任ですね?

無い行間からの叫びが聞こえる缶。

責任感が強いというか、
知らんよと割り切ってるというか。
・・・・とりあえず責任缶。
ダジャレは嫌いだけどね。

あたしは「佐智世」です。「SAGAYO」ぢゃねーよっ。
初めての間違われ方だ。
「佐知代」だの「幸代」だのといった書き間違いは
やたらと多いが、これは画期的。

朝。エレベーターのすぐ右側の
この非常口に何やら目を引くものが・・・

近寄ってみると・・・・

抱き合って眠っているかのような・・・

振り返ればエレベーター正面の
壁際にも一人ぼっちで
目を伏せる彼女・・・・

留学生研修旅行の引率で11月末に鹿児島へ。
市街を歩くと、気持ちは分かるが結局ジャパニーズな
七夕ふうクリスマスツリー。

またなんともプチなスケールの優しさ。
しかも「人気”物”」になることを望まれている
物扱いの宮下君。
愛情感じるけど結局呼び捨て。

その後、明治維新の頃の様々な知識を増やす
”ふるさと維新館”へ行けば、
授業の一環で訪れている小学生たちでいっぱい。

やっぱりそこに置いてある感想ノートの表紙はこんなことになってました。

毎日の通勤で乗り換えるJRの駅。

いつものように無言で帰宅すると、こんな物がお出迎え。

純粋にブルースを聴きに、
福岡市南区大橋のライブハウスへ。

私にとって大橋は、音楽聴きに出かけていく原点のような。久々に下着にまで染み入るほどにタバコ臭かった。私自身はタバコ吸わないので臭いと思うのだけど、ライブハウスが煙たいのだけは、あ〜ライブハウス、と感じる。それも多分20年前の大橋の今はもう無いライブハウスや楽器屋なんかの”歌”があった場所が、タバコ臭かったからだな。


ちなみにお隣の高宮駅はCHAGE&ASKAの♪青春の鼓動♪って歌に出てくる飛鳥が彼女と待ち合わせた”高架線の駅”です。どーでもいーよねわからんよねいーのよでも間違いなく高宮駅のことのはずなのいーのそれで。

●もどる●

とある日の博多の街中。たくましく生きるノラ。
かと思ったら飼い猫か?・・・ノラ風格の放し飼いネコ。

このデコの一文字はただの汚れです。
鼻筋も渋い黒ずみ具合。
街角グッドルッキング賞をあげましょ。
間近でパシャパシャ撮りやがって、と
静かに離れて静かにご立腹。
尻尾パタパタ。
ま〜また、よ〜動くやつよ。
至近距離でもマル無視。
被写体経験が多いアイドルみたいぢゃないか☆
また動く。
寒くなる頃に植えていた球根が
あっという間に蕾をつけ・・・・
約束をまもってもらえた気分になるねぇ。
咲きました。
もう、いろんな角度からなめるように
眺めまわしてしまう。かわいい。

夜になるといったん萎んで
翌日また開く。

でも連日の寒さの中、夜帰ってきて
ご飯作っていたら、
微妙に温度があがっていくうち
花びらひらいたりしていた。
夜だわよ。

あまりに冷え切った部屋の中で
昼間ひらけなかったのだろうか。

とか思ってるうちにみるみるひらく。
こんな部屋の隅っこで、
ドラマチックないのちの狂い咲き。
何気ない落し物としてはナイス。

ホークスの優勝パレードがこのマンションが面しているバス道路を通ったとき、近くの博多座(歌舞伎とかもやるとこ。)の上からすんごい紙吹雪が撒かれて、薄いピンクの四角い紙吹雪がこの辺にも舞い込んだりしていたのを思い出した。ついこないだは夜中過ぎにここでエレベーター降りたらしい酔っ払いたちがゲラゲラ笑う声がいつまでも響き続けていた。ぎしぎしいいながらのろのろ上り下りするエレベーターの周辺。

いろんなもんが散らかる場所だ。

そういうちょっとした猥雑な感じは、嫌いじゃないなぁ。
まぁ、そうやって花と戯れるのもいいけど、
そんな声の無い会話のようなことばかり続けていていいのかえ?

歌ってないということは、本気で本当のことを言おうとする場を持つ時間が無いということ。
仕事でもそれ以外でも、私にとっては本質から遠いというか、
適当に流しておくしかないような会話が多いので。

なんかずっと闇夜を小走りしている忍者みたいだ。
ヒトとすれ違っても私は見られていない。言葉も発しない。


そんな中、ASKA師匠のソロコンサートで福岡サンパレスへ。
いつもなら必ずポロポロ涙が出て滲んだ涙でステージ上の姿が見えなくなっても〜泣くなら後で泣けよ自分、とイライラしたりするもんなのに、やっぱり何かが違っている今回は、ぐっとこみあげ続けているのにまったく泣かないオレ。

ほんっとに、恋愛だけでなく幼年期のリアルに切ないことから輪廻だの縁だのというような観念的なことまでをキャッチーなメロディの上で言葉にできるひとだこの人は。それはなんていうか、滲み出す感情をストレートに体の動きにつなげて見守る人たちの感情をも引き出しているだけでもすごいのにそれをしなやかに綱渡りしながらやってるような、そんな感じ。ただただ息を呑むしかない感じ。13歳の時にこの人たちの歌テレビで聴いて感じたあの完璧なものを見る感覚、何か銀色の金属の完全な球体がはっきり見えた気がした、それをいったいどこから作り始めてどう作り終えたのか手を出せずただ眺めるしかないような、あの感覚が今もリアルにあった。

ときに歌の中に入り込み、ときに深く厚い声の中にただ立っており、ときに13歳の頃の疑問と変わらずこの人の強靭な発信のためのエネルギーの根底にあるものはなんぞやと姿を見つめて考え込み、あっという間に過ぎる3時間。
まぁしかし思えば、どこか制御不能になってたオレがやっぱりぐっとこみあげたり、
長いことほんとの声を出してないオレがイヤが上にも盛り上がるリズムの中
すこしメロディに沿って声を出してみたり、そしてそのときにっこりしていたりしていて、
すごくリハビリしてもらったような。
やはりこれは師匠にしかできないでしょう。

前回の福岡でのCHAGE&ASKAとしてのライブの時にASKAが左手をついてヒュンとかっこよく片手逆立ちキメようとしたモニターにキャスターがついていてグラっと動いて転倒してしまったときに痛めた肘がほんの最近までずっと痛かった、て言いんしゃったのを聞いたら、なんだか、なんていうのか、確かにあの時はヒヤッとする倒れ方だったからやっぱし普通にしとんしゃったけど痛かっとんしゃったっちゃね、と心配がぶり返す感覚と同時に、なんていうのか、急にものすごくお互いにここにまた戻ってくるまでにたどってきた時間をリアルなものとして感じられたというか、ヘンな言い方やけどほんの少し嬉しいような、なんていえばいいのかわからんのだけれど、なんていうのか、あなたも生身、あたしも生身、というか、あたしもきつかったけど師匠もヒジ痛かったんですねみたいな、自分が相変わらず空回りして悶々としていた空っぽな時間をリアルに体の痛みの話として1年半ぐらい、っていう実質のある時間に置き換えてもらえたので得体の知れない空回りの時間への焦りの中でその1年半だけただの1年半っていう現実の姿に戻してもらえたたような、なにかいろんなことが良い意味で非常に現実的な色にさ〜っと変わった感覚があって・・・リハビリ度が非常に増した。

アンコールも終わってしまってマイクと楽器だけが残ったステージを振り返ってすこし眺めて、次にまたお互い戻ってくる時にはもすこしいくつかのことにカタつけておきますオス、と思い、生身の師匠ヒジだけじゃなくクリスタルキングとの野球のときの故障で20数年間股関節も痛かったんだと知りくれぐれもおだいじに・・・と思い、また声の無い世界に戻った。